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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
「それぞれのプロローグ」
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96 ダイアー・ハイマン


 ほの暗い部屋の中、テーブルの上に少しのつまみを並べて、旧友と共に酒を嗜む。

 修道院の院長になってからもトライトの酒好きは変わらないらしく、つまみは僕が用意すると言っただけで、彼は年代物のウイスキーを仕入れてきてくれた。


「……それで、彼女らは無事に旅立てたのですか?」


 随分と綺麗な丸氷を浮かべたグラスを、景気よく呷りながら尋ねるけれど、トライトだって彼女らの近況は知っているはずだ。

 つまりこれは話題の転換。

 僕からは切り出し辛いと思って、気を遣ってくれたのだろう。


「もちろん。リーラントが分体を飛ばしてくれているおかげで、定期的なやり取りもできているし、良くやっているみたいだよ」


 気遣いに甘えて、僕がまるで他人事みたいに語ったら、トライトに微笑を浮かべられてしまった。


「その割には、毎日随分さびしそうですが」

「……やっぱり、わかるかい?」


 やはり、彼に隠し事はできないらしい。

 昔からそうだった。僕がこうやって楽観的にふるまおうとしても、彼にだけは、心の奥を見透かされてしまうな。


「ええ、一人は残ってくれるはずだった娘を二人とも送り出し、本来ならたまに会いに行けるはずだったのに、家で便りを待つだけになってしまっている」

「ははは……随分みじめになることを言ってくれる」

「いえ、あなたは立派だと思いますよ」


 立派……立派ね。

 たしかに僕はできる限り、誰かに誇れる立ち振る舞いをしてきた自信はある。

 レーダが生まれた日の襲撃以来、父の名に恥じないよう「春歌の狩人」としての自分を全面に押し出して頑張って来た自信はある。


「あなたが頑張ってきたおかげで、例の一件で、ココット村からの犠牲者は一人も出なかったじゃありませんか」


 レーダには黙っていたけれど、僕は森番の他に村の武術指南役もやっていた。

 海からの襲撃を想定して、トライトの治療院を砦に、各々が身を守る術を教えていた。

 その甲斐あって、ネルレイラ王国全域に及んだグールの襲撃は、やり過ごすことができたわけだけど……


「例え世間体が立派でも、父親としては失格だよ」

「それは、下の娘さんの件で?」

「ノエルと……もちろん、ミナのことだね」


 僕は彼女らの異変に気づけなかった。

 思えば僕はレーダにばかり夢中で、自分の妻や次女の変化に、全く気付けていなかった。


「異世界からの魂の憑依。一人ならいざ知らず、娘さん二人ともに起きるとは」

「本当に……びっくりだよね」


 レーダのこともあったから、受け入れ難かったわけじゃないけど……

 どうやらノエルの体に魂が憑依したのは、生まれた直後のことではなかったらしい。


「もしかすると、僕の血が影響しているのかもしれない」


 自分で言うのも変だけど、僕は普通の人間じゃないらしい。

 ネルレイラ王の血を継いでいる僕は、普通の人間と……いろいろと勝手が異なるわけだ。

 具体的にどうと言い切れるわけじゃないけど……同じ血を持つ彼女らに、影響が出てしまった可能性は捨てきれない。


「……それであなたは、彼女らを赤の他人と突き放すつもりですか?」

「そんなわけないだろう? 冗談にしても言いすぎだよ」


 いくらトライトでも、その冗談は見過ごせないな。

 本気で言っているわけじゃないのはわかっているけれど、だとしてもだ。


「申し訳ない。でも、その言葉が聞きたかった」


 ……まあ、酒に強い彼のことだ。

 反論してしまってから、何か考えがあるんだろうとは思ったけれど、本当にそうであったらしい。

 彼は懐から一枚の何かを取り出し、僕の方へ向けて差し出した。


「これは?」

「ノエルちゃんからの手紙です。あなた宛てですよ」


 どうぞ読んでくださいといったようなジェスチャーをしつつ、トライトは小さなレターオープナーも差し出してくれた。

 準備のいいことだ。手紙を見る限り、封蠟はまだ外されていないようだけど、大体の内容も把握しているんだろうか?


 ……いや待て。

 そもそも何故彼はノエルから僕宛ての手紙を持っているんだ。

 まさかとは思うが……なんて思考を巡らせながら封を切り、その内容に目を通してみる。


「…………これは」

「本来ならば、遺書。ということになるのでしょうね」


 嫌な予感は的中した。

 思えば僕は、あの日の彼女がどれだけ思いつめて居たか理解していなかった。

 彼女が何をしようとしていたのか、きちんと把握していなかった。


「もし、あなたが言葉通り、彼女の父親で居たいと思うのなら……」


 トライトは真っ直ぐ僕を見据え、わざとらしく言葉を貯める。

 続く言葉はわかっていますね? とでも言いたげだ。


「もちろん、わかってるさ」


 良く鈍感と言われる僕でも、何をすべきかはわかっているさ。

 彼女らが海へと旅立ったとて、何かが終わったわけじゃない。


「今すぐに返事をするよ。少し、席を外させてくれ」


 物語はまだ続いている。

 ならば僕も語り手の一人として、一筆添えてみせようじゃないか。


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