表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第五章「焼き付く記憶の真っ最中」
89/105

89 その名において宣言する


「霧払う朝焼け!!」


 手元の弓を目にも止まらぬ速さで震わせ、次々と光の矢を放っていく。

 飛び交う矢がグールの軍勢を貫いて、彼らを光に呑み込んでいく。

 ダイアーが本気で戦う姿は、相変わらず憎たらしいほどかっこいい。


 でも、俺たちのために戦ってくれているのは、彼だけじゃない。


「春の運び屋!」


 歌に合わせて現れた巨大な扇を思い切り振り下ろすリーラント。

 若草色のドレスが光の粒子を吹き散らしながら靡いて、爆風のような風が吹く。

 浜辺の砂を巻きあげて猛進する渦巻きが、カーブを描きつつ大群を呑み込んでいく。


「流石、歌い手(・・・)さん方はやることが派手ですね!


 そう言うミモレさんは、胸元から抜いたスカーフを拳に巻いて、二人の猛攻からあぶれたグールに、正拳突きをお見舞いしていた。

 ぶつかる瞬間に拳が光って、グールの姿が光に飲まれ、消滅する。


 スカーフの素材が気になるところだけど、それよりこの人、身のこなしが只者じゃない。

 武術の達人めいて砂原を舞い、孤立したグールを次々と打ち倒してかかっている。


「すごい……!」


 眼前の光景に目を奪われていたら、ふと、隣からそんな声が聞こえた。

 隣には、瞬く光の応酬を眺めるアーネスがいた。

 もはや、彼の表情に悲痛さは無く、その赤く潤んだ瞳をどうしようもなく輝かせていて――


「「綺麗だ」」


 二人の声が重なって、彼がこちらを向いたのが分かった。

 にかっと笑うその表情には、意見が重なったことを喜ぶ意図が見える。


「ふふ」


 ひとまずは笑顔を返してやるが……勘違いするなよ、アーネス。

 確かに彼らの戦いは美麗だが、俺は彼らに言葉を贈ったわけじゃない。


「やっぱり、アーネスには笑顔が似合うよ」

「え?」


 俺は、君に対して言ったんだ。

 君の光り輝く君の瞳は、どんな宝石よりも綺麗だ。


 ……ま、宝石なんて、数えるほどしか見たことないけどな!

 気障な考えは脇に置いて、今は俺たちが何をすべきか考えよう。


 そうだ、夜神は……夜神は今、何をしている?


「ふむ。正直、想定外ですが……なんのつもりです? 妖精神」


 陣地の奥深く見れば、押し寄せるグールの壁の向こうに、何かを見上げる女性が見えた。

 ロングの黒髪、そこそこの身長と黒ずくめの不気味な服装。

 間違いない、あれが夜神だ。


 一方で、夜神見上げる先には、また別の人影が浮いていた。


「なあに、息子たちと、ちょっとした賭けをしてたのさ。あの子(アーネス)が自分の意志で、お前の誘いを拒絶するかどうか」


 全身真っ白で、いつか見たフード付きマントを身に着けたその人物は、浜辺の空に浮きながら、夜神と言葉を交わしていた。

 あれは妖精神にしてこの国の王、そしてダイアーの父親であるネルレイラ・ハイマンだ。


「結果は見ての通りさ。あの子は、遠くの誰もに望まれたとて、身近な人々と生きることを選んだ」


 交わす言葉全てを聞き取れているかどうかはわからない。 

 アクシーの話が本当なら、彼は夜神の率いる襲撃を、何度も見過ごしていたことになる。

 正直、恨んでも良い人物だと思う。思うけど……


「許せよ、夜神。私も息子と遊びたかったんだ」


 血のつながりがあるからだろうか。

 何故かその、慈愛に満ちたように軽快な声色を憎めない。

 一種の恐ろしさ……あるいは怖れを感じさせるほどに、彼の声色は澄んでいる。


「……約束はどうした」

「おや? ですです口調はもういいのかい?」

「どうでもいい。お前に媚びても仕方ない」


 対して、夜神の声色は徐々に濁り始めている。

 言葉の端々の抑揚が歪んで、声色が怒りに満ちていく。


「私とお前は……確かに約束したはずだ。器の選定が終わるまでの間、我らはお互いに手出しはしないと」


 何かがまずい。

 部外者の俺が直感できるほどに、彼らの会話は荒み始めている。

 アーネスも直感したのだろう。俺の手を強く握っている。

 彼も妖精神の姿を視界にとらえて、息をのんで見守っている。


「ああ、それなんだけどさ」


 おそらく夜神は今、何かをしようとしているんじゃないか?

 そんな疑念が……俺の中にふつふつと渦巻いて……


「もう終わっているはずじゃないか? 約束」

「……え?」


 妖精神の一言で、一瞬にして掻き消えた。

 夜神がずいぶん間抜けな声を上げたせいで、緊張が解けてしまった。


「器の選定が終わるまでの間、僕らはお互いの国に侵攻しない。僕たちの契約は、そう言った内容だったはずだね」

「……ああ」

「君だって、選定が終わったから(・・・・・・)やってきたんだろう? それとも未だ道半ばであるのに、君は私兵を引き連れてきたとでも言うのかい?」


 勘違いでなければ、妖精神のその声色には、確かな苛立ちが含まれているように思えた。

 俺は、国家間のやり取りに知識があるわけではないが……言われてみれば確かに。

 ここは紛れもなくネルレイラ王国で、踏み入ってきているのは夜神だ。

 まさか、国家君主自ら軍勢を引き連れておいて、侵攻でないと言えるはずがない。


「私の国を焼いておいて、その言い分が通ると思うのかい?」


 器の選定が終わるまでの間、僕らはお互いに手出しはしない。

 その文言が確かであるなら、先に約束を破ったのは、夜神だ。

 今、わざとらしく口元を手で覆って、目を見開いている夜神だ。


「あはっ、あははははははッ!」


 妖精神が畳み掛け終えた途端、突然、夜神が笑い出した。

 浜辺を切り裂く不気味な声は、戦闘の喧騒を貫いて、俺たちの下にも聞こえてきた。


「その通り! 我らは彼という器を見つけ、契約は既に果たされた!」


 その身にまとった漆黒の法衣をはためかせ、天を仰ぐ夜神。

 それを見て、わざとらしく頭を抱える妖精神。


「ああ、なんで忘れていたんだろうな妖精神!」

「そこの仲人が何かそそのかしたせいじゃないか? 夜神」


 話題に上がった仲介人……アクシーはその声で忽然と姿を消した。

 また、お前の仕業だったのか……


「「あははははっ!!」」


 浜辺に二つ重なった笑い声。

 目を細めて笑う妖精神と、目を見開いて笑う夜神。

 それを意にも介さず戦い続ける大人たちと違って、俺とアーネスはただ、その異様な光景を眺めるしかなかった。


「「ならば、ここで新たに宣言しよう」」


 そして、彼らはまた同じ声を重ねた。

 笑い声を同時に止めて、柏手を打ったようにまた同時に。

 胸を開いて、息を吸い込んで、声をそろえた。


「妖精神ネルレイラと」

「夜神ジャックの名において」


 それが何を意味するのか、俺にはさっぱりわからなかったが……

 ひとまず、確かなこととして。


「「両国間の不可侵条約を破棄するッ!!」」


 俺とアーネスの行動が、何かを変えてしまったのだと。

 ひどく直感的に理解した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ