88 声に応えて
炎の中に飛び込んで君を助けに行った時、俺は確かにその声を聞いた。
『助けて! パパッ!!』
燃える馬車の中、土壇場で君が助けを求めた人物は、俺じゃなかった。
それどころか君は、自力でなんとかしようとして、焼ける馬車の中に取り残された。
おぞましい悲鳴を上げながら。
実の父親に、助けを求めながら。
全身をドロドロに焼きながら取り上げた君の肌には、焦げ跡一つ残っちゃいなかった。
きっと「パパ」が助けてくれたのだと思う。
俺の行いは全くの無駄で、俺が何もしなくたって、君は一人で助かっていたんだ。
いや、違うな。
そもそも俺がいなければ、君が痛みを感じる事もなかったはずだ。
俺がいなければ、村が焼けることもなかったはずだ。
親と無理に離れることなく、幸せに暮らせていたはずだ。
俺が彼女に不幸を呼んで、彼女はそれを跳ね除けて。
俺は一人で傷ついて、馬鹿みたいだった。
消えてしまいたかった。
困難に立ち向かうことで消えられるなら、それが一番いいと思った。
逃げて一人で生きるより、不幸を呼びつつ生きるより。
でも……俺だってわかってたんだ。
俺だって……本当は、みんなと生きていたかった。
「――――――!!」
君の叫び声は、ほとんど聞こえていなかったけれど。
君と俺の間に、火柱が立ちふさがっていることにも気がついていたけれど。
それでも君は……どこまでも助けに来てくれるんじゃないかって。
君がずっと欲しかった言葉をくれるんじゃないかって。
本当は、あきらめきれていなかった……
「アーネス!! 俺たち二人で逃げよう!!!」
期待をやめられなかった俺に、君は応えた。
◆◇◆◇◆
「俺でいいのか?」
「君には俺が必要だ」
「迷惑じゃないか?」
「君が生きてるほうが良い」
「お前はいいのか?」
「俺にはアーネスが必要だ。一人で死ぬなんて許せない」
焼け焦げた痛みなど感じない。
間に思考も挟まない。
今、俺の身体がどうなっているかなんてわからない。
そんなことは、どうだっていいんだ。
例え、他に優先すべきことがあったとしても。
意地でもそれを聞きたかった。
返事を聞くまで、引き下がるつもりはなかった。
「それでアーネス。返事は?」
真っ直ぐ見据えた視界の中に、包帯まみれの顔が見えた。
両手の解けた包帯が、顔をこする度に濡れていくのが見えた。
背後の炎を反射して煌めく、やけに潤んだ瞳が見えた。
「俺だって……お前と一緒に生きたいよ……っ!!」
それが言えれば、十分だ。
「ああ、俺たちずっと一緒に生きよう」
俺は彼の身体を抱き寄せる。
そのまま強く抱きしめる。
もう絶対に離さない。
君が選んでくれたなら、俺はそれに全霊で答えよう。
「君が世界のどこに居たって、これからは何度でも助けに行くよ」
例え相手が神様だって、俺たちの邪魔をさせはしない。
「感動的な光景ですけ「さいッ!コウですよ二人とも!!」」
呑気な夜神の呟きを遮るように、背後から感極まった声が聞こえた。
……この二日間で、随分と聞き馴染んでしまった声だ。
そういえば彼も、ずっと付いてきてくれていたんだよな。
「ええ、ええ! 素晴らしい者を見せてもらいました! やはり我が主は聡明だ! このミモレ確かに……確かに聞き届けましたよ!!」
言うまでもなく、これらは賭けだ。
彼と、彼の主人、つまりはおばあちゃんに託した賭け。
俺の知り得ないどこかで何故か、どうにかならないかという賭け。
それでもどうにかなる気がしているのは、やはりここが俺の故郷だからだろうか。
「あなたもですよね、大妖精様!!」
それとも、おばあちゃんが託してくれた者がやけに頼もしく思えているからか。
答えははっきりさせられないが、一つ確かなこととして……
俺が目をやった瞬間、胸元のブローチは、眩い若草色の輝きを放った。
「妖精王ッ!! 我らの勝ちじゃッ!!」
バキン、という音とともに声が響いて、胸元のブローチが砕け散る。
光の粒は前方に突風を巻き起こし、夜神の後ろへ構えていたグ-ルたちを沖の方へと吹き飛ばす。
その一片一片が粒子となって渦を巻き、俺たちと夜神の間に寄り集まっていく。
「ぬしらの交わした約束など、彼らの覚悟に見合うものかッ!!!」
ああ、もちろん、その若草色のドレスには見覚えがある。
すらりと長く、分体のそれとは比べものにならないほど美麗な四肢には見覚えがある。
俺たちに向けられた頼もしい背中と、そこから伸び立つ羽には見覚えがある。
「ダイアーッ!! この鬼畜外道ども、真っ正面から叩き潰せえええぃ!!」
そして、彼女が叫んだその名にも、どうしようもなく聞き覚えがある。
「もちろんだ! 相棒ッ!!!」
いつだって頼りになる声の主は、全身から豪華絢爛な光を放ちながら俺たちの前へ飛び降りてきた。
その手に弓を握り、背中には矢筒。
頼もしい背中の彼らはきっと、俺たちの声に応えて来てくれたのだ。
春歌の狩人と大妖精が、やっと駆けつけて来てくれたんだ。




