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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第五章「焼き付く記憶の真っ最中」
87/105

87 振り切って


 レーダと共にトライトの話を聞きながら、内心俺は酷く落ち着いてしまっていた。

 今まで不確かだったことに説明がついてしまったからだろうか。

 少なくとも、アクシーの言っていたことが間違いではないと知れて、どこか安心してしまったからだろうか。


 だから俺はあくまで冷静に、質問を続けた。


「夜神の器に……選ばれて、拒否しなかったらどうなる」

「君は、東の果ての夜神国にて、夜神として生きることになります」

「……俺は、神様なんてやれる気はしないが」


 それは、俺の本心だった。

 突然神様になれと言われたって嬉しくは無いし、やれる気もしない。

 実感が無いというのが、一番正しいのかもしれない。


「やりたくなくても、なってしまうのです」


 だけどトライトはあくまで淡々と、その現象について説明してくれた。

 何故、俺が選ばれたのかについても。


「教会の文献によれば、歴代の夜神はその誰もが、一度の死を経験しながらも甦り、かつ正気を失わなかった存在……つまり、スエラの身体をもっていたそうです。ですが、文献に登場する夜神や、口伝で伝えられる彼の人柄は、何故か共通しています」


 記憶の中の、トライトの声がやけに澄んで聞こえたのは、ずっと疑問に思っていたことの答えが、次々と明らかになっていたからだろうか。


 何故、俺の村が襲われなければならなかったのか。

 何故、俺の両親は死ななければならなかったのか。

 何故、俺は蘇ってなお、ここまで生き長らえられたのか。


「やけに友好的に振る舞いながらも、どこか人間味のない、不気味な人物。これは憶測ですが、おそらく人格ごと身体を乗っ取られてしまうのでしょう。魂は……わかりませんが、期待はしない方が良いかと」


 なんて単純なストーリー。

 まるで今までの人生、全部の種明かしをされた気分だった。


「アーネス君」


 そんな風に、上の空になっていた俺は、トライトに何と返したのだったか。

 あるいは、何も答えていなかったのかもしれない。

 だけど、それだけは覚えている。


「逃げたいとは思わないのですか」


 大人に振る舞うその出で立ちの向こうに、明らかな心配の色を見せて、俺の顔を覗き込むトライトに、この後何と返したかは覚えている。



「思わない。俺はもう、一人で逃げたりしない」



 心配しなくたって、俺は筋書きから逃げたりしない。

 俺の人生が面白みのない悲劇だったとしても、今更ガッカリしたりしない。

 最初からわかっていたことなんだ。

 わかっていて……少し期待してしまっただけだったんだ。


「そうですか、でしたら、覚えておいてほしいことは一つです」

「トライトさん……っ!」


 そうやって、何か言いたげに口を噤んだ、彼女の存在は出来過ぎだったんだって。

 俺は、彼女の物語を華麗に彩るための、スパイスの一つに過ぎなかったんだって。

 俺は、レーダの隣には立てるほど大した役じゃなかったんだって。

 わかっていたんだ。


 そのはずなのに、何故だろうか。


「君のしたいようにしなさい。きっと、皆はそれを受け入れてくれる」


 トライトが最後に伝えてきたそんな言葉が、やけに頭に残っている。

 ああ。俺がこんなんじゃいけないな……



 ――全て振り解くんだ。

 振り切って、走れ。



◆◇◆◇◆



 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


「おや、随分覚悟が決まっているようです」


 アーネスの手を握り直そうとした一瞬で、彼は大きく踏み出していた。

 まるで徒競走の合図が鳴った時みたいに、アーネスは俺の手を振り切って、走り出してしまっていた。


「うれしいですよアーネスくん! 私たち、きっと上手くやっていけるです!」


 俺も迷わない。迷ってはいけない、考えるより先に前へ飛び込む。

 ほんの一瞬遅れただけだ、夜神までは十数メートル、十分追いつける。

 走り方なんてなんでもいい、とにかく彼を止めるんだ!


「おっとそこまでだ」


 止めなきゃいけないのに、踏み出せない。

 目の前で大きな火柱が上がって、俺とアーネスの間に立ちふさがった。

 この状況でこんなことをできるやつは、一人しかいない。


「アクシー! なんのつもりだ!」

「おや? 僕は彼の意思を尊重してるだけだろう?」


 アクシーはひらひらと手を振りながら、俺とアーネスの間に割って入ってきた。

 いや、気を取られちゃだめだ。コイツと話してちゃいけない。

 こんなやつに構っている暇はない。とにかくアーネスを止めないと。


 炎の中に飛び込まないと。


 わかっているのに、足を踏み出せない。

 あの時の痛みを思い出して、踏み出せない。


「アーネス!!」


 頼む。止まってくれ、頼む。

 願っても彼は離れていく。

 炎の中に微かに映る、彼の背中が小さくなっていく。


「アーネス! 本当にそれでいいのかよ!!」


 考えろ、どうすれば彼を止められる。

 声を掛けるだけじゃだめだ。

 でも、他に何ができる。

 決まってる。走るんだ。


 炎の中に。


「アーネス……!」


 ダメだ。いけない。

 足がすくんで動かない。

 あの痛みが呼び起こされて、

 彼が、ああ、だめだ。

 それ以上行くんじゃない。


「逃げたいってそう、思わないのかよ……!」


 ダメだ。

 こんな言葉じゃダメだ。

 彼はすでに答えている。


『思わない。俺はもう、一人で逃げたりしない』


 トライトに向けて、

 彼は確かにそう言った。

 こんな問いかけじゃ、

 彼の意思は覆せない。

 ダメだ、

 だめだ。

 どうして、

 どうすれば……

 どうすればよかったんだ


『もう一度言ってあげましょうか?』


 一瞬のうちに、

 記憶がフラッシュバックする。

 あの暗い部屋の中に戻される。

 引き戻される。


『お前は、もう、いらない』


 俺は、

 また、

 おいていかれる。


『お前は、もう、いらない』


 どうすれば、

 よかったんだ。

 何をすれば、

 よかったんだ。


『お前は、もう、いらない』


 ちょっと、

 ちょっとでも。

 何をしていれば、

 何をしていれば変わったんだ。


『お前は――』



 記憶の中の声色が、(アーネス)のものに変わってしまう。



 ああ、ダメだ。

 それ以上言わないでくれ。

 俺の心を折らないでくれ。


『お前は、来なくて、良い』


 そうだ。

 彼は確かにそう言って俺を拒絶した。

 ずっと前からわかっていたじゃないか。

 彼は、俺が付いてくることを望んで無かったじゃないか。


『なあ、レーダ』


 彼は、そう前置きして言ったんだ。





「ついてきてくれて、ありがとう」





 ――――――あ?


 ああ、そうだった。

 アーネスは、そんな言い方はしていなかった。

 思い出せ。思い出せ。

 彼は何と言っていた?

 あの時確かに焼き付けたはずだ。



 記憶の中に焼き付けた、彼の言葉を、思い出せ。



『俺は嫌われてた。そこにいるだけで、生きているだけでみんなを不幸な気持ちにした』


 そうだな。君は嫌われてた。

 みんなの気持ちとかは知らないが。

 少なくともココット村の皆からは嫌われてた。


『でも、お前はそうじゃない』


 その通りだ。

 いくら君が使命を帯びて行動していたって。

 いくら君が自分の身を犠牲にして飛び込んだって。

 俺には全く、関係ない。

 君と違って、俺は何にも縛られちゃいない。


『お前が関わってくれるまで、俺は不幸のド真ん中にいた』


 そうだ。君はいつだって辛そうだった。

 俺と出会った直後だけじゃない。

 パン屋、学園、ミシュガン商会。

 君を引き連れて訪れた場所で、いつも君は怯えていた。

 でも、君は確かに言ってくれた。


『でも、お前が会いに来てくれたおかげで、俺は幸せに生きられてる』


 何年経っても。

 生まれ変わっても。

 追いかけてくるトラウマを打ち消す言葉をくれた。

 『お前は、もう、いらない』だって?

 こんなに必要としてくれる人が居るのに、今更何を言っているんだ。


「お前がそこにいるだけで、俺は強く生きられる……!」


 あの時、アーネスは言葉をくれた。

 俺が、ずっとずっと欲しかった言葉をくれた。

 碌に返事もしなかったことを悔め、後悔しろ。

 そして彼がくれた言葉を、噛みしめろ。


「おかげで、幸せだ!! お前が居れば、俺は何も怖くないッ!!」


 脳裏に怒声が響いている。

 全身が焼けるように痛むたび、あの時の痛みが呼び起こされる。

 だけど、そんなもの知るものか。

 炎の熱さなど知るものか。

 治癒への恐れなどあるものか。


「アーネスッ! 全部君が言ってくれた言葉だ!!!」


 焼き尽く記憶の真っ最中に、彼が送ってくれた言葉だ。

 アーネスはもっと熱かったはずだ。

 アーネスはもっと痛かったはずだ!

 それでも、俺の元へ来てくれたんだ!

 炎を抜けて、来てくれたんだ!!

 それくらい、俺ができなくてどうする!!

 彼の後を追えなくてどうする!!

 後悔なんて振り切って走れ!!!

 全部全部!! 振り切って、走れ!!!


「レーダ……?」


 振り向いた彼の、両肩が見えた。

 いける。手が届く。

 この距離なら伝えられる!


『俺はもう、一人で逃げたりしない』


 君は確かにそう言った!!

 だったら……! 正解かどうかなんてわからないけれど!

 絶対言わなきゃいけなかったこと……!!

 喉が焼き付いたって叫ぶんだ!!!






「アーネス!! 俺たち、二人で逃げよう!!!」







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