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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第五章「焼き付く記憶の真っ最中」
86/105

86 選定


 乗り換えた馬車は、幌が取り払われていた。

 件のグールは護衛の人たちがあらかた殲滅し終えたはずだけど、万が一のことを考え、火元になりかねないものは置いていくことにしたらしい。

 荷物の中には照明用の油も含まれていたから、必要以上の被害が出てしまったというのが、エルーンおばあちゃんの分析だった。


 村は……無事だろうか。


 なんて考えていたところで、見覚えのある建物が見えてきた。

 石造りの壁と建物。屋根の頂点にそびえる四つの輪の印。

 あれは、妖精神様の治療院だ。


「足元に気を付けて」


 ミモレさんの手引きで馬車を降り、治療院の門前に立つ。

 門は固く閉じられているらしい。


「他の馬車は?」

「裏手の方へ向かい、物資の積み下ろしをしています」

「となると、キャラバンはここまでですか?」

「一旦は、ですね。積み下ろしが終わったら、本来の目的地へ向かうでしょう」


 本来の目的地……確かエルーンおばあちゃんは最初、王の支援に行くのだと言っていたっけ。


「ネルレイラ王は……ここには居ないんですか?」

「はい。ですが……あなた方が合うべき人は、ここにいます」


 俺たちが会うべき人、と聞いて誰も思い当たらないわけではないが……言い方からして、ミナやダイアーではなさそうだな。

 第一、俺の両親は昨日まで王都に居て、それから村に帰ったわけだし。

 そういう意味では、ネルレイラ王と行動を共にしていてもおかしくない。


 なんて考えていたら、ミモレさんが門の方を向いて口を開いた。


「丁度、来ましたね」


 修道院の門が少し開いて、中から礼服姿の人影が姿を現した。

 そこそこの長身で、顔立ちは男性的。

 首から妖精神の聖印を模したペンダントをぶら下げている……ああ、この人のことは知っているな。


「トライト……」

「アーネス君。よくぞ……ああ」


 かつては名前も知らなかったが、俺の知らない間に、アーネスに随分よくしてくれたと聞いている、治療院の院長さん。

 彼は、ため息をつくような声色で呟いたあとアーネスに駆け寄って……その後、彼の姿を見てたまらず息を呑んだ様子だった。

 アーネスの火傷は、薬のおかげで随分良くなったようだが、未だ色濃く、火傷痕は残っている。包帯だって、そのままだ。


「途中、襲撃があったとは聞きましたが……具体的に、何があったのか聞いても?」


 多分、今の言葉は俺やミモレさんにも向けられている。

 そりゃそうだ。これまで目にかけてきた子が、全身に大やけどを負っていたら、訳を聞かずにはいられないだろう。


 だけどそれは、俺の口から言うべきではない。

 アーネスのした決断を、俺の口から語ってしまうべきではない。

 ミモレさんも、同じように目を伏せている。

 彼も同じ気持ちなのだろう。


「別に。心配しなくたって、俺は逃げたりなんてしない」

「……そうですか。あなたはもう、知っているのですね」


 当のアーネスはそんな調子で、話を先に進めようとしている。

 ならば、俺たちは彼の意思を尊重するべきだ。


「でしたらおそらく、あなたたちは今から向かう場所で、全く同じ話をされるでしょうが……私が知っている限りのことを、先に伝えておきましょう」


 トライトさんも同意見らしく、彼はアーネスのことを真っ直ぐに見つめつつ本題に入った。


「あなたたちは、アクシーという名に、聞き覚えがあるはずです」

「っ……」


 アクシー。アーネスが契約した夏の妖精。

 そりゃあもちろん聞き覚えはある。

 俺たちは、彼の言うことを信じてここにいるのだから。


「アクシーは妖精の身でありながら、東の夜神国と繋がっていました。おそらく、今回の襲撃を手引きしたのは彼です」


 だから、そんな事実を伝えられて、平気でいられるわけがなかった。


「どういうことですか!?」


 気付けば俺は叫んでいた。

 ココット村全体を焼くような襲撃を、王都に船が突っ込むような襲撃を。

 アーネスをこんな目に合わせた襲撃を計画した張本人が、ヤツだったんだとしたら――


「だったら、何のためにアーネスは!」

「落ち着け、レーダ」

「でも……!」


 憤りをぶちまけそうになって、止める。

 当の本人が落ち着いているのに、俺だけ感情的になっても仕方がない。

 でもアーネス。全部聞いてから考えたいのはわかるけど……お前はいいのか?

 お前だって、今すぐにでも喚きたいんじゃないのか?


「私も、浜辺の防衛戦の途中で、愕然としましたよ。かつては共に海を渡った相棒が、国家間のいざこざに深く関わっていたというのですから」


 俺の怒声で口を噤んでいたトライトさんは、俺に共感を示しながらも、話を進めようとしてくれている。

 だったら、俺がストッパーになるべきじゃないのはわかる。

 わかるけどさ……


「国家間のいざこざって、なんなんだよ」

「……先程王より伝えられたことを含めて、私の知る限りのことはお話しましょう」


 結局トライトさんは俺たちに知る限りの全てを伝えようとしてくれた。

 その計らいには感謝しているし、実際、知っておいて良かったと思えることもあった。


 だけど……だけどさ、違うだろ。

 どうしてあなたは、アーネスに言葉をかけてあげないんだ。

 彼を救えるような言葉を……かけてくれないんだ。


 ……でも、それは俺も同じなのかもしれないな。

 俺だって、今のアーネスにはなにもしてあげられていない。


◆◇◆◇◆


 鼻を突く磯の匂いと強烈な腐臭に襲われて視界が霞んでいく。

 それでも森を抜けられたのは、巨大な目印があったからだ。


「約束通り来るとは、驚きです」


 村近くの森を抜けた先には、巨大な大型帆船が鎮座していた。

 そのたもと、波打ち際には、おぞましい数の人影が並んでいた。

 ブクブクと太って脈打つ、肉がそげて腐り墜ちたものまで……

 直視するのもおぞましい、腐乱死体が立ち並んで、陣を組んでいた。


「心配しなくていいです。我々はただ君を探していただけです。アーネスくん」


 陣の中心には、何かに腰掛ける人影があった。

 まるで本陣に構える総大将のように、堂々と座り込んだ女性がいた。

 身長はあまり高くないが、艶のある黒髪を伸ばした大人っぽい女性だ。

 見覚えはない。


 だが、その隣。

 まるで副官か何かのように傍に寄りそう人型には見覚えがある。

 30cmほどの体長で、タキシードのように気障な服装をして……

 気色の悪い笑みを浮かべる妖精には、見覚えがある。


「アクシー……お前は、妖精じゃなかったのか?」


 俺がそう言ってやると、アクシーは一瞬、目を丸くした。

 どうやら、冗談の通じないやつらしい。

 別にどうでもいいが。


「失礼な。僕は紛れもなく純粋な妖精さ。ほんの少しだけ……特別な立場ではあるけどね」


 アクシーはそう言うと、ゆっくりと羽を動かしながら、俺たちの方へ近づいてくる。

 不気味で、後ずさりしてしまいそうになるけれど、してやらない。

 隣にいるアーネスがそうしていないから。

 俺が先に引き下がるわけにはいかない。


 だから、俺はアーネスの手を強く握る。

 目一杯の力を込めて、絶対に離さないよう握る。


「昔、夜神は妖精神と取引したんだ。夜神国はネルレイラ王国に侵攻しない代わりに、ネルレイラ王国は7年に一度、器の選定を許可すると」


 それはもう、知っている。

 夜神と妖精神の契約については、先程トライトから聞いていた。

 反吐が出るような話だが、俺は既に理解できている。


「僕はその、仲介人をしていたのさ」


 リーラントの家で見た世界地図。

 俺の記憶が正しければ、ネルレイラ王国は弧状の島国であるはずだ。

 縦横に長い、日本列島を左右反転したような形をしている。

 だから、ほとんど全ての集落は海に面してしまっている。


「アーネスくん。君がスエラになってから、昨日で丁度7年です?」


 黒髪の女が、不気味な抑揚を付けてアーネスに尋ねる。

 アーネスは、ただ黙り込んで、じっと彼女を見つめている。


「お誕生日おめでとうです。私の祝福を受けながら、7年の時を生き延びた君は、見事試練を乗り越えたのです」


 間違いなく、彼も分かっているはずだ。

 七年に一度の選定とは、海から集落への、襲撃を指しているのだと。

 すなわち、彼の両親を殺したのは紛れもなくその「選定」なのだと。


 目の前の彼女に、今すぐにでも飛びかかりたい気持ちであるはずだ。

 どうしてそんなことをしたのだと、喚き散らしたい気持ちに満ちているはずだ。

 そのはずなのに……


「あなたは新たな夜神の器に、選ばれたのです」


 アーネスは、俺の手を握り返してくれない。

 ただ、その場に立ち尽くしているだけだ。


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