85 若草色のブローチ
2025/02/25
エピソード数調整のため、いくつかのエピソードを統合しました。
混乱させてしまっていたら申し訳ありません。
詳しくは「76 呼び鈴」と「80 夜神の軍勢」の前書きをご覧ください。
二人でしばらく歩いていると、ミモレさんの姿を見つけることができた。彼は俺の姿を見て、感極まったような声を上げたあと、すぐに落ち着いて状況を説明してくれた。
「火元は特殊なグールだったようです。まるまる太った全身にガスを蓄え、それを引火させるためのランプを持たされた」
そのまま彼が「試しに見てみますか?」なんて言うものだから行ってみたら、確かにどこぞのゾンビ映画で見たような、肥満体型の人型がそこにはあった。
……それでも正直、とても子供が見ていいものではなかった気がする。
この辺りには海があるということを思い出して納得がいったが、具体的なワードで思い返すのも気持ち悪いので、昔検索して後悔した類似物と一緒に、脳内フォルダの奥底へと記憶をしまっておくことにした。
ともあれ、種さえ割れてしまえばなんのこともなく、残りのグールたちは、護衛の人たちが手早く無力化してみせたらしい。
見回してみれば、平原のあちこちに同じようなヤツが徘徊しているのを見つけたので、今も何人か人を裂いて、討伐に出払っているようだ。
「燃えた馬車の補填も、もうすぐ済むでしょう。あと十数分もすれば、再び動き出せるかと」
「……早いですね」
俺の身体が寝かされていた仮設テントに戻って、丸椅子に腰掛けつつ言葉を交わす。
「襲撃があるだろうということは、想定しておりましたので」
それでも、想定できていなかったことはあるとでも言いたげに、ミモレさんは横へ視線を逸らした。
伏せ気味な眼の向く先には、火傷治しを塗布した皮膚に、包帯を巻き直しているアーネスがいる。
包帯が傷口に触れる度、辛そうに表情を歪めるアーネスが、そこにいる。
「…………」
あまり見ては酷だろうと思って目線を戻してみるけれど、話題はすでに尽きてしまった。
こんな状況で、下手に茶化した話題を振る元気は無いし、そうしたくもない。
息苦しい時間が過ぎていく中でふと、テントの外から足音が近づいてきていることに気が付いた。
「ミモレ、レーダ。ここにいますか」
エルーンおばあちゃんの声だ。
ミモレさんは即座に呼びかけに応えて、彼女を招き入れてくれた。
おばあちゃんは、一瞬だけアーネスに目線をやったあと、俺の方を向く。
そのまま俺の正面の丸椅子に腰掛けて、両手を膝の上に組んだ。
「レーダ。あなたに一つ、渡し忘れていたものがありました」
……一体なんだろうか。
今回のことを受けて、なにか護身具でも渡してくれるつもりなのだろうか。
だとすれば、キビキビしているエルーンおばあちゃんのことだ。
本当に渡し忘れていたというより、今用意してくれたモノかもしれない。
「これを」
「……これは?」
そうやって、おばあちゃんが差し出したのは、なにやら仰々しい宝飾品のようなものだった。照りのある金属で造られた台座の上に、大きな黄緑色の宝石が惜しげもなくあしらわれており、裏面にはなにやら、留め具のようなものも見える。
「それは、とある方より譲り受けたブローチです。詳しくは言えませんが、特殊な細工がしてあります」
「これを……私はどうすれば?」
「ただ、身につけているだけで構いません。そうすれば必ず、あなたの身を守ってくれるはずです」
おばあちゃんはそれだけ言うと、ミモレさんに何か耳打ちをして、テントを去った。
耳打ちを受けたミモレさんは、俺を別のテントに移動するよう促してくれた。
どうやら、焼け焦げたドレスを着替えるついでに、ブローチを身に付けてほしいらしい。
着替えに用意されていたのは、ブローチの黄緑色によく合う、水色を基調としたドレスだった。
いつだったか、アーネスに見せびらかしたものによく似ている、動きやすいやつ。
「本当になんなんだろ、これ」
女性の従者さんに手伝ってもらいながら、大した説明もなしに手渡されたブローチを、胸の辺りに身につける。
今更だが、黄緑色というよりも、若草色といった方が近そうだ。
誰かが好んで身に纏っていた、ドレスの色によく似ている。
「ひょっとして、リーラントが?」
そうやって、声に出してみて、思い出した。
そういえば、出発前は全く応えてくれなかったのに……どうしてあの燃える馬車の中では、妖精歌を使うことができたのだろう?
入眠用の春昼落としにも、呼び出す歌にも答えなかったのに、どうしてあの時だけ?
モヤモヤした思いを胸の内に秘めつつ、動き出した馬車の中で、コッソリもう一度呼び出す歌を歌ってみたけれど、やっぱり彼女は応えてくれなかった。
ただの気まぐれじゃないだろう。
リーラントは今、どこで何をしているんだ?




