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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第五章「焼き付く記憶の真っ最中」
84/105

84 赤色


 暗く、心細い闇の中に居る。

 ここがどこかはわからない。

 俺の目の前には、扉が一つ。

 俺はそれを、首が痛くなるくらいに見上げている。


 俺は、地べたに倒れている。

 あるいはココが屋内であるのなら、床に。

 どうしようもない脱力感に襲われながら、伏せている。


――ふと、ドアが開いたような音がした。


 見上げたドアの向こう側から、強い光が差し込んでいる。

 逆光で映し出されたシルエットは長身で、見覚えがある。

 ひどく安心感のある立ち姿だ。

 彼はこちらに気付いたのか、俺の方へ向けて進んできている。


「パパ?」


 酷く幼い女児の声色が、どこからともなく聞こえてくる。

 俺の口から出たわけじゃなく、扉の向こう側から、聞こえてきた。

 ふと見上げると、長身の横に沿うように、低身長の人物が居る。

 やけに派手な、フリフリのドレスを着ている気がする。


「どうかしたの?」


 ああ、覚えている。あれは俺だ。

 あの子も俺だと割り切ったはずだ。

 俺は、誰かの代わりなんかじゃない。

 今世の俺は、あの子なんだ。


「いや、何か、聞こえた気がして」


 そうだ。彼に気づいてもらうんだ。

 ダイアーなら、俺に気づいてくれるはずだ。

 この暗い闇の中か、俺を連れ出してくれるはずだ。

 だから、息を吸って、声を上げるんだ。



『どこへ、いくつもり?』



 だが、その声で、引き戻される。

 ひどく聞き覚えのあるその声で、意思を挫かれる。


『あなたを受け入れてくれる場所なんて、どこにもないわ』


 すぐ後ろから、斜面をずり落ちるように引かれる。

 両足を揃えて引き戻される。


『あなたは、最後の身内を失ったのよ』


 そのまま腰に手を回される。

 上体に手を回されて、両腕を縛り付けるように抱かれる。


『かわいそうに。ちょっとでも何かしてくれれば、また違ったかもしれないのに』


 抱きしめられる。

 背筋に髪の感触が伝って、彼女の吐息が耳にかかる。


『           』


 耳元で直接囁かれた声を、なんとか頭から離そうと試みる。

 試みたところで、身体を反転させられた。


『もう一度言ってあげましょうか?』


 ああ、その時あなたは、どんな表情をしていたのだったか。

 悲しんで、泣いていた?

 怒りに満ちて、歯を食いしばっていた?

 あるいは全ての感情を殺して、無表情で見つめていた?


 いや、きっとどれも違う。

 どれも違うと覚えている。

 俺の記憶が正しければ、その時のあなたは。



 俺の両肩に両手を添えて、


『お前は、もう、いらない』


 あなたはきっと、笑っていた。



◆◇◆◇◆


「レーダ?」


 今度ばかりは、分かっている。

 さっきのは夢だと。

 俺の心の不安が産んだ、タチの悪い夢なのだと。


「目、覚めたのか」

「……うん」


 目を開ければ、赤髪が見えた。

 この数年で、随分慣れ親しんだ赤髪。

 ぼやけた視界の中ででも、これだけはわかる。

 見ると落ち着くような赤色。


「だったら、顔でも洗ったらどうだ」

「うん、ありがとう」


 なんだ、随分ドライだな。

 なんて思ったのも束の間、彼はすぐさま立ち上がって、俺に背を向けて歩き出した。

 ……なんだ? 何かおかしい気がする。


「そういえば……ここは?」

「仮設テントだ。必要なものは、そこに置いてある」


 言われた通りに見回したら、すぐそばに半開きのチェストボックスが見えた。

 中には包帯や薬の瓶、袋詰めされた薬飴らしき物体など、様々な医薬品が見える。

 アーネスが、手当てしてくれたのだろうか?


「ありがとう。傷、治してくれたんだね」

「……いや」


 いや? って、どういうことだ?

 まさか、手の付けようがない程重症だったのか?

 でも、見た感じ腕とか脚にケガは無いし……四肢も自由に動かせるぞ。

 着ていた朱色のドレスの方は……かなり焼け焦げてしまっているけど。


「鏡、見てみろよ」


 そう言われて、チェストのすぐ横に手鏡が置いてある事に気が付いた。

 すぐさま手に取って、自分の顔の様子を見てみる。


「傷や、焦げ跡一つないだろ」

「うん」


 もちもちほっぺに、艶のある肌。

 くりっと大きな両の瞳も、前髪だって焦げ付いちゃいない。

 なんともなさそうだ。


「じゃあ、俺は外出てくるから」

「ああ……」


 正直、半分賭けみたいなものだったけど、ここまで無傷でいられているとは。

 死ぬほど痛くはあったけど、頑張ってよかったっていうものかな。

 アーネスには心配かけただろうけど……


「うん?」


 いや待て、俺があそこで気を失ったのなら、おかしいぞ。

 傷が治っているのはいいにしたって、なんで火傷すらないんだ?

 俺の身体は、少しも煤けてすらいない。

 一体どうして、そんなことがあり得るっていうんだ?


 考えられる可能性は少ない。

 それも統合してしまえば、一つになる。

 俺一人の力でどうにかできなかったのなら、誰かが助けてくれたってことだ。


 いったい誰が?


「アーネス?」


 俺が声をかけた途端、彼は勢い良くテントを飛び出した。

 まるで逃げるように去ったから、俺は咄嗟に立ち上がった。

 脱がされていた靴も履かずに、立ち上がって彼の姿を追う。


 テントの外は、肉の焦げたような臭いで満ちていた。

 赤黒く爛れた色で満ちていた。


「アーネス!!」


 俺が大声で呼び止めたら、彼は立ち止まってくれた。

 テントから飛び出したのを、すぐ追いかけたから間違いないはず。

 なのに、彼は俺の記憶とは、全く異なる立ち姿をしていた。


「何だ」


 黒煙を上げて燻る馬車たちを背に、彼はこちらへ向けて振り返った。

 未だ舞い散る火の粉の前に、アーネスは立っていた。


「ッ……ああ」


 彼は、焦げ付いた服を身にまとい、全身に包帯を巻いていた。

 黒焦げで穴の空いたズボンの中にも包帯が見えた。

 引きちぎられたように短くなった、袖の内側にも包帯が見えた。


「アーネス……俺……!」

「……気にすんな」


 優しく伏せられた瞼の上にも……包帯が見えた。

 俺は自分で助かったわけじゃなかった。

 俺を助けてくれたのは、アーネスだった。

 彼は多くのものと引き換えに、俺を助け出してくれたんだ。


「行こうぜ。二人とも、生きて身体が動くんだからさ」


 そうやって彼は、はにかんで笑った。

 笑顔を覆った包帯の間には、酷く焼け爛れた皮膚が見えた。

 火傷の痕だ。きっともう、元には戻らない。



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