82 焼き付く記憶の真っ最中
2025/02/23
最後に加筆したため、タイトルを変えて再投稿しました。
ひとまず俺たちは身支度を終え、ココット村へ向かう馬車に載せてもらうことができた。
ミシュガン商会として、いくらか護衛の人を雇えているらしく、随分と物々しい武具を身につけた人々の姿が、馬車の窓から見える。
「この馬車……王都に来るのに使ったやつだな」
「え……あ、本当だ」
そういえば、周りの幌馬車と違って、この馬車には窓がある。
内装だって、行きの時と一緒だ。
考えごとをしていたせいか、それとも辺りが薄暗かったせいか、外から見れば信じられないほど豪華な馬車だっていうのに、全く気が付いていなかった。
「馬車酔いは大丈夫か?」
「うん……」
これからどうなるかは分からないが、今のところは大丈夫そうだ。
相変わらず、アーネスは細かい気遣いができるやつだな。
隣にに彼がいるだけで寂しさは随分とマシになる。
それでも……やっぱり思ってしまうのは。
「行きに比べて、随分広く感じるね」
「そりゃあ、向かいに誰も乗ってないからな」
言われて見れば、行きの時は向かいの席に両親の姿があったんだよな。
確か、あの時も馬車が苦手だったねとか、酔い止めの薬飴があるとか、そんな話題を振られて居た気がする。
傍から見て、そんなに心配に見えるかな。俺。
……見えるんだろうな。
俺の周りの人たちは優しいから、俺を危険な目に合わせないよう、随分と配慮してくれている気がする。
そりゃ、まだ幼い女の子だからっていうのもあるだろうけど……多分それだけじゃないんだろう。
俺だって、傍から自分を見たら、弱そうなやつだと思うもんな。
吹いたら飛びそうって言うか、つらいことがあったら、一人じゃ立ち直れなさそうって思うもんな。
……足手まとい、という言葉が頭に浮かんだ。
「なあ、レーダ」
瞬間、隣から声をかけられた。
「ついてきてくれて、ありがとう」
「え」
なんだ? いきなりどうしたんだ。
まさかお前、また気を遣ってくれているのか?
いや、いくら気遣いができるって言っても、心の中を覗くなんてこと……
「不安だったんだ。よるがみ……ってやつが、俺を探してるって聞いた時」
「……そうなの?」
「当たり前だ。だって、吸血鬼たちの……神様だぞ?」
あれ、アーネスが吸血衝動に襲われてるのって、夜神が関わってるんだっけ。
詳しく聞いたことは、なかったはずだけど。
「初めて会った時、妖精神様の聖印を怖がってただろ、俺」
「あの、輪っかの集まったようなやつ?」
「そう。今はもう大丈夫だけど、怖がってたころの俺は、夜神に目を付けられてたらしい」
「そう……なの?」
そっか。村で一緒に過ごしてたって言っても、いつもべったりじゃなかったもんな。
俺の知らないところで、いろいろあってもおかしくないか。
アーネスは、自分の身体のことを抱えながら、それでも乗り越えて生きてるんだよな。
「すごいね。アーネスは」
「すごくないだろ。夜神の祝福とかいうのを乗り越えられたのだって、リーラントのおかげだし、俺とリーラントとの関わりをくれたのは、紛れもなく、レーダだろ」
「そう……なのかな」
俺は、リーラントがどう対処して、アーネスがどうなったのかわかっていないし、アーネスの身体について、真剣に考えていたわけでもない。
そりゃあ、吸血衝動は満たしてあげられていただろうけど、それだって、友達で居てくれる交換条件みたいなもので……
「あのな、レーダ」
「むぅ」
アーネスが突然、俺のほっぺたに手を添えてきた。
俯いていた視界が無理やり持ち上げられて、否応なしに彼と目が合う。
随分と……真っ直ぐな目で、アーネスは俺を見てくれている。
「自分に向けられた感謝くらい、素直に受け取れ」
それは、少しの厳しさを含んだ声色。
あるいは、怒りともまた違う、仕方のないやつを見るような目。
俺に、真正面から向き合ってくれている目だった。
「俺も、リーラントも、ダイアーさんも、ミナさんも、ノエルは……知らないけど、きっと商会の人たちだって、お前といて楽しかったはずだ」
「そこまでのことは……」
「あるんだよ。なんでそんなに疑う? お前を見たミモレさんとか、おじいちゃんおばあちゃんの反応はどうだった? 商会に入った時の歓声は何だ? それ以前に、村の人たちはお前のことを嫌っていたか?」
「…………」
「俺は嫌われてた。そこにいるだけで、生きているだけでみんなを不幸な気持ちにした。でも、お前はそうじゃない」
それは、俺が周りに恵まれてるだけじゃないのか。周りが、俺を好きで居てくれるから、気分を良くしていられただけじゃないのか。
そんな言葉を吐きそうになって、ふと、一つ思った。
いったい何の理由があって、俺は彼の言葉を否定しているのだろうかと。こんなにも真っ直ぐに俺を見てくれる相手を、貶めようとしているのだろうかと。
「お前が関わってくれるまで、俺は不幸のド真ん中にいた。もちろん、俺自身も巻き込んで。でも、お前が会いに来てくれたおかげで、俺は幸せに生きられてる。お前がそこにいるだけで、俺は強く生きられる」
「…………アーネスは、今、幸せなの?」
もはや、聞きたいことは、それだけだった。
ココット村が燃えて、真実を知って、今から死地に向かうような真似をしている中で、それでも君はいいのかと。
半ば、誘導尋問のようになってしまっても、どうしても。
今、聞きたい言葉があった。
面倒くさいかもしれないけれど、彼に言ってほしかった。
「おかげで、幸せだ。お前が居れば、俺は何も怖くない」
「……ああ」
ああ。アーネス。
本当に、本当に、お前は……俺の……
「全隊、馬車を止めろーっ!!」
必死に堪えていた涙の粒が、突然訪れた衝撃でこぼれ落ちる。
先ほどまで床だと思っていた場所が横を向いて、幌の中に身体が飛び込む。
馬車が横転したんだ。
そう理解した直後、目の前に明るい何かが飛び込んでくる。
――火の粉だ。




