81 出立
「村の現状が分かってしまった以上、出立を早めねばなりませんね」
「それって……」
「もとよりミシュガン商会は、王たちのバックアップを担当する予定でしたので。もう少しすれば、会長も準備を整え終えるはずです」
その言葉で、商会に入った直後のことを思い出した。
『彼らは、支援物資の仕分けをしているのです』
確か、ミモレさんはそう言っていたはずだ。
てっきり、今回の一件で避難が必要になった人々向けの物資かと思っていたけれど、どちらかと言えば、軍需品の意味合いが近かったのかもしれない。
「戦争が……始まるのか?」
「わかりません。あるいは既に、始まっているのかも」
確かに、相手が海賊ではなく東の島国から来た者たちだとするのなら、それは国家間の戦争と言って差し支えないのかもしれない。
むしろ、ネルレイラ王自らと、夜神と呼ばれる存在が一戦交えているとするのなら、最初っから総力戦じゃないのか?
……だったら、おばあちゃんにこれだけは聞いておきたいな。
「夜神って、本当に神様なんですか?」
「正確に言えば違います。夜神とは神の名前であると同時に、一種の称号でもあるのです」
「それって……?」
「東の国にて、夜神の名を冠する人物。と言うのが正しいかと」
ミモレさんの補足も入って、俺はようやく理解する。
つまりは「ネルレイラ」という言葉が王個人と国の名前両方を指すように「夜神」という言葉も神様と個人、両方を指しているわけか。
いや、ネルレイラ王の方は妖精神とも呼ばれているわけだからよりややこしいんだけどな。案外、夜神とやらもそんな感じなのかもしれない。
神様じゃなくて安心したって言いたいところだけど、正直、ネルレイラ王のアレを見たら、そうも言ってられないな。
どちらにせよ、俺たちが岐路に立たされていることに変わりはない。
「俺はもう着換え終えてる。レーダも早く」
「え、アーネスは……ホントに行くの?」
「当たり前だろ。夜神は、俺を探しているんだから」
そんな、お前は……それがどういう意味か分かって言ってるのか?
探しているから、見つけたら安心して帰ってくれると思っているのか?
お前が……君が、村に行くということは、捕まりに行くと言っているようなものだぞ?
「だけど……確かにお前は、来なくても良い」
「え?」
「正直、わざわざ危険に飛び込む必要もないだろ。だって……」
瞬間、あ、聞きたくない。と思った。
確かに、俺にだって、分かる。
わざわざ危険に飛び込む必要がないこと。
俺が行っても、居ても、どうしようもないこと。
だって、俺が着いて行ったところで――
『 』
――いや、違う。
「待って!」
気づけば俺は、叫んでいた。
「俺も行く。いや、行かせてほしい」
言ってやった。言ってやった。
言えた。後悔する前に言えた。
絶対に否定させない。畳み掛けるんだ。
「一人で帰りを待つなんて、耐え難いと思わない?」
「……わかった」
こういう言い方をすれば、断れないとわかっていた。
ごめんな、アーネス。生い立ちを利用するような真似をして。
でも、それでも君についていかないと、絶対に後悔する気がしたんだ。
「……ごめんね、でも」
『 』
頭の中によみがえるのは、俺の心をえぐった言葉。
俺の魂に、一度とどめを刺した記憶。
だけどもう、俺はお前に負けたりしない。
二度とお前に、心を壊されたりしない。
だから、その声を別の言葉で塗り替える。
『たかが前世の記憶があるだけで、自分は私たちの娘でないと思う、その浅はかな勘違いをさっさと捨てなさい』
だって、俺には、家族がいるから。
だって、俺には、親友がいるから。
『それができるなら、今世のあなたは私たちの娘よ』
大切な人達が……たくさんいるから。
もう、こんな暗い部屋の中で、じっとしていたくはないんだよ。
だから。
「戻ろう。ココット村に」




