77 予想通り
ミモレさんに導かれて入った商会の中は、この間の活気とは明らかに異なる緊張感で満たされていた。慌ただしく行き交う人々の姿が見えるのは同じだが、その誰もが神妙な、あるいは疲労感に満ちた面持ちをしている。
「彼らは支援物資の仕分けをしているのです」
「支援物資?」
ミモレさんは相変わらずのポーカーフェイスでそう言うが、俺が返答した瞬間、一瞬だけ意外そうに眉を動かしたのがわかった。
「……詳しいことは、我らが主から聞くのがよろしいかと」
商会の中の様子からして、事件が起こってから既に数時間は経っているに違いない。街中の雰囲気からして、ココット村だけの問題ではなさそうである。そんな中で、おそらく俺たちが現状を把握できていないことが、予想外だったのかもしれないな。
「わかりました。それで、おじいちゃんたちはどこに」
「こないだ会った場所と同じです。案内いたします」
ミモレさんはそう言って、広間に対して壁になるように俺たちの行く先を手で示した。流石にこの間のように業務の邪魔をするわけにはいかないということだろう。
商会の人々が、俺に対してどう接してくれるかはわからないが、何らかの非常事態の真っ最中に、場をかき乱す必要はなさそうだ。
「行こう。アーネス」
「ああ……」
後ろに居たアーネスの手を引き、ミモレさんの後に続こうとしたところで、少しの違和感。アーネスが何やら背中を丸く折って、人目を気にしているように見えたのだ。
「どうしたの?」
「……なんでもない。行こう」
そういえば、前に社長室を訪れたときもアーネスはできる限り身を隠そうとしていたような気がする。
一体何が原因だ?
***
「少しの間、こちらでお待ちください」
そう言われて、階段前の通路に立たされてから十数秒後。先の扉の奥へ消えていたミモレさんが戻ってお辞儀と共にひざを折り、俺たちに目線をあわせてくれた。
「奥様から、お二人に伝えたいことがあるそうです。ひとまず中へお越しください」
「わかりました」「わかった」
俺たちが即答すると、ミモレさんはニコリとほほ笑んで、優雅なジェスチャーを交えながら俺たちを扉へ導いてくれる。
つい先ほどはスゴイものを見せてくれたわけだが、やっぱり普段のふるまいは上品なんだよな、この人。
「失礼いたします」
ミモレさんが開いてくれたドアを通り抜け、部屋の奥を見つめると燭台が目に入る。ゴージャスというよりはシック。気品のある雰囲気で統一された部屋の中に、一人の人影があった。
「主人は下で指揮を執っていますので、ひとまずは私だけですが。無事でよかったわ、二人とも」
「おばあちゃん」
黒を基調としたフロックコート。どちらかと言えば男性的で、スタイリッシュな服装の女性。大きな市場を取り仕切る商会長夫人は立場に見合ったカリスマ性を身にまとい、テーブルの前に腰掛けている。
「レーダと……そちらの方はアーネス君で間違いないかしら」
「それで、あってます」
アーネスは相変わらずおずおずといった様子で、居心地悪そうにしているな。
理由があるなら教えて欲しいが……今無理に聞き出す必要もないか。
「改めて……というより、正式な自己紹介がまだだったわね」
そう前置きすると、おばあちゃんは俺たちを真っ直ぐに見据え、一呼吸置いてから口を開いた。
「私の名前はエルーン・ミシュガン。ミシュガン商会会長、バレッジ・ミシュガンの秘書であり、妻でもあります」
彼女はただ、目線を合わせて声を張っただけ。大きく動いたわけでもないのに、場の空気が引き締まるのを感じた。これが社長夫人本来のカリスマなのか、彼女がここまでのオーラを放たなければならないほどの事態が起きているのか。
「ひとまず、今何が起こっているのか知りたい。といったところかしら」
「はい。正直、何もわかっていないというか……目が覚めたら、街中が異様な雰囲気だったというか」
俺がたどたどしく言葉を紡いでいる間、おばあちゃんは一言一言丁寧に頷き返してくれた。アーネスを置いて、一人で喋り過ぎるのもどうかと思っていたが、彼女が説明してくれるのであれば、俺が相手をしつつ、現状把握に努めるのがよさそうだ。
「そうね。だったら詳しい話に入る前に、結論から伝えておきましょう」
「お願いします」
自分で言うのもなんだが、俺は論理的に話を組み立てるのが苦手だ。話し手を任せられるのであれば、そっちのほうがやりやすい。だったら俺は、たった今から伝えられる説明を、一言一句聞き逃さないように務めるべきだ。
そう、思っていたのに。
「ココット村が海賊の襲撃を受けました。現状、住民の安否は不明。ダイアーやミナとも、連絡が取れていません」
ほとんど予想は付いていたのに。
瞬間、俺は跳ねた心臓がそのまま脳を打つような感覚に襲われた。
吐きそうだ。




