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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第五章「焼き付く記憶の真っ最中」
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76 呼び鈴

2025/02/25 変更点

第76話「現状整理」と第77話「呼び鈴」を本エピソードに統合しました


 状況を理解してから、俺たちはしばらく話し合った。

 これからどうするか。どうやって現状を把握するか。

 そもそも行動するべきなのか。大人しく朝を待つ事も考えた。


 おそらく、二人の子供が取るべき行動として最も正しいのは、このままリーラントの部屋(らしき場所)で、じっとしていることなのだろうと思う。だけどあいにく俺たちは、それなりに人生経験を積んでしまっているわけで。


「少なくとも、このままじっとしているのは嫌だ」


 中でもアーネスは、こういう状況で何もしなかった後悔に苛まれた経験を持っている。形は違えど、俺だって似たような経験をしたことはある。

 ちょっとでも何かしていればと後から後悔するくらいなら、今のうちにやるべきことを考えようと、俺たちはひとまず何かしら動く方向で考えをまとめ始めた。


 先ほどまで熟睡していたわけだから眠気はなく、起きてからしばらく経っているから頭も冴えている。そうしていろいろと考えているうちに、俺たちは一つの問題を発見した。


「多分だけど水と、食糧が無い」


 この家にはまともな食糧や、水が備蓄されていなかったのだ。探せば酒とそのつまみくらいはあるかもしれないと思ったが、どちらも子供の食事には不適切だろう。


 そもそも、リーラントは妖精であるわけだし、普段の食事は必要ないのかもしれない。その上、教師である彼女が、どのくらいの頻度でこの家に帰っているかもわからないわけで。大した保存技術もなさそうなこの世界で、食糧を備蓄している可能性は低いと言える。


 そんな感じで二人でベッドの上に座りながら、頭を悩ませ続けて、今に至る。


「歩いて村へ戻るわけにもいかないしな……」


 かと言って、俺たちの保護者はこの場にいないわけで、動けるうちに動いておかないと、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 なにより、先ほどまで熟睡していたせいか、やけに喉が乾いている。アーネスは俺の血でなんとかなるかもしれないが、俺の方はそうもいかない。


「どこかで水と食糧を分けてもらうか、手に入れる必要があるね」

「知り合いもいないのに、どうやってだ? まさか盗むわけにもいかないだろ」


 その通りだ。この国の法律は詳しくは知らないが、緊急時だからといって盗みを働いていいわけがない。かと言って分けてもらおうにも、王都にリーラント意外の知り合いなんて、俺たちには……いや?


「知り合いなら、いるね」

「え? 一体いつ……あ」


 アーネスも思い出したのだろう。俺たちは丁度昨日、わざわざ家を早く出てまで、顔合わせにいったじゃないか。


「ミシュガン商会に行こう。おじいちゃんと、おばあちゃんがいるはずだ」


 まさか、あれだけ大きな商会に、分けられる水や食糧が無いなんてことはないだろう。万が一彼らに出会えなかったとしても、あれだけ大々的に顔見せをしたのだ。商会の中に残っている中で、誰かひとりくらいは、俺たちのことを覚えてくれているかもしれない。


◆◇◆◇◆


 大通りを進んでミシュガン商会前にたどり着くと、すぐさま入口に立てかけられた看板に映る、『臨時休業』の文字が見えた。


「嘘だろ……」

「いや、良く見ろレーダ。下にも何か書いてある」


 一瞬頭を強く打たれたようなショックを受けたが、アーネスの言う通り、看板の下の方を見てみると、比較的小さな文字で『お困りの方は呼び鈴をどうぞ』の文字。


「なんだ……よかった」


 ひとまず胸をなでおろしてから、我ながら感情豊かなことだと思う。そうした傍から横のアーネスに心配の声をかけられたのがなによりの証拠だ。できれば今後大人になるにつれてもう少し落ち着いた性格になりたいところだけど、それはそれとして。


「とりあえず、誰かは中にいそうだね」

「ああ。だけど、呼び鈴ってどこにあるんだ?」


 言われてみれば、確かに立て札の近くに呼び鈴は見当たらない。となるとドアの方だろうかと視界を向けてみれば、確かに呼び鈴らしきものと、そこから続いている紐が見つかった。おあつらえ向きに、俺たちの身長でも鳴らせそうな位置に用意されている。


「そっちか。大人が鳴らすものにしては随分低いな」

「ひょっとして、子供が来るのを想定してるとか?」


 俺たちを暖かく迎えてくれたおじいちゃんとおばあちゃんの表情を思い出せば、十分にあり得る話かもしれないと思えてくる。安否のわからない孫のために待ち構えてくれている可能性だってあるかもしれない。


「鳴らしてみよう」

「おう」


 アーネスの了承も得られたので、言った通りに紐を引いてみると、呼び鈴が傾いた。それなりに大きく、ベルにしては低めの音が数回鳴り、続いて中から微かに足音が響いて近づいてくる。それは慌てた様子でもない落ち着いた間隔で響き続け、どうやら、ドアの前で止まったらしい。


「何かご用でしょうか」


 なんとなく聞き覚えのある中性的な声に、記憶の中を探ってみると、ドアの前にいる人物が誰だかわかった。おそらくは、王都に来て一番最初に聞いた、ミシュガン商会の使用人さん。名前は確か……


「ミモレさん。私たち……」


 直後『バァン!!』という音とともに勢い良く開くドア。同時に足元へ落ちるブラウンのつば広帽子。俺が困惑して顔を上げると、ブラウンコーデの華奢な肩が、物凄い勢いで近づいてくる。両手を伸ばして近づいてくる。


「レーダちゃあああん無事でよかったですうう!」

「え、え、え」


 瞬く間に抱きかかえられ、顔を見る前に頬擦りされる俺。横目で見ると、ギョッとして一本腰を引いているアーネス。この世ならざるものを見てしまったような目をしている。俺だって、どちらかといえば紳士的な雰囲気を纏った人物から、こんな愛犬溺愛お母さんみたいな声が響いているなんて信じたくない。俺は正気でなくなってしまったのだろうか。


「ア、アーネスくんもいますよね!ほらやっぱりいた。外は寒いです早く中に入ってくださいさあさあさあ」


 肩越しのドアから離れる視界。さあさあさあの言葉に早足を重ねたミモレさんが、俺を運搬してアーネスに詰め寄ったらしい。


「ええ……」


 正直に言ってなんというか、少々予定外の事態だけど、やっぱり俺たちを待っていてくれたのはうれしいのだけど……なんというか。


「あんた、コワすぎるぞ」

「うっ!」


 いつも通り正しく発せられたアーネスの言葉が、ミモレさんの胸を撃ち抜いたらしく、彼(彼女?)は両手で左胸を強く抑えて後ずさり。そのまま俯いてハァハァと息を切らせ始めた。どうやらクリティカルヒットだったらしい。この様子だと、今の言葉が相当効いたんじゃないか?


「ズバっと毒舌少年好きだああぁぁ」

「うわ」「うわ」


 なんと。クリティカルはクリティカルでも回復の方のクリティカルだったか。これには俺たちも声を揃えてドン引きだ。ミモレさんは声にならないア段のうめき声をでたらめに吐きながら喚いている。オクターブが急に上がったり下がったりするから聞いてて気持ち悪いけど見ているだけでも気持ち悪いだろう。


「ふう。失礼」

「急に落ち着くじゃん」


 アーネスは俺と違ってツッコミが早い。ま、まあさておき、少なくともミモレさんは俺たちを歓迎してくれそうだ。いろいろと言いたいことはあるけれど、ひとまず今はミシュガン商会と直接コンタクトをとれたことを嬉しく思おう。


「……なんか、調子狂うな」

「そうだね」


 そうは言うものの、突飛なことが起きたおかげで、なんとなく先ほどまで心の中で渦巻いていた重苦しい気持ちも払拭できたわけだし、ミモレさんには感謝したほうが……いいのかな?

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