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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第四章「妖精神の傘の下」
75/105

75 悪夢

 大学に通う夢を見た。

 今の世界の学校じゃない。現代日本の大学だ。


 その日は最終課題の発表日で、俺の出番は最後から二番目だった。

 顔と名前もろくに一致してない同輩たちが、膨大な参考文献と緻密に寝られた考証を論じている中で、俺は心臓を締め付けられる思いで一人座っていた。

 俺のレポートははっきり言って、問いもなければ論もない、ただの調べ学習同然の出来だったんだ。


 俺は、先輩や同輩との交流に乏しくて、図書館や研究室にも身を置きづらく思っていたから。

 そのことを言い訳に、良いレポートの書き方だとか、参考文献の漁り方だとか、先輩や同輩がどうやってそれを探っていたかなんていう情報を仕入れず、自分の中にある曖昧なプレゼンテーションの記憶だけを頼りに、漠然とした不安感だけを抱えて、俺は最終発表の場に挑んだ。


 心臓の鼓動が響いて何も聞こえない。

 蛍光灯の光がまぶしくて何も見えない。

 マイクが声を拾っているのか、拾っていたとして音量は適切なのか。

 配布したレジュメに不備があったんじゃないか。

 何か形式を間違えているんじゃないのか。

 誰がこんなこと聞きたいんだ。

 誰か聞いてくれているのか。


 そんな思考の渦に押しつぶされながら、詰まって、どもって、頭の中を真っ白にしながら、何とか発表を終えた俺に向けて、先生は一言だけ言った。


「もうちょっとまとめてから喋ろうか」


 先の記憶は曖昧だけど、授業終了のチャイムが鳴った後、どうしようもない疎外感と孤独感の中で、理由もはっきりしない冷や汗にまみれて、首筋を冷やしながら逃げるように教室を出たことは覚えている。



 そこからだった。

 不明瞭ながらも確実に、何かが狂い始めたのは。



***



「——ダ! レーダ!」


 聞き馴染みのある呼び声と、自分のか細い呼吸音が耳を貫いて、なんとか目を覚ました。


「はっ、はッ、はあッ」

「大丈夫か? 息、できてるか?」


 息が苦しい。肺が攣っているような感じがする。過呼吸だろうか。

 背中をさすってくれているらしい。動きに合わせて、呼吸を整える。


 すー、はー。すー、はー。

 実際に吸って吐けなくてもいい。リズムを意識するんだ。

 すー、はー。すー、はー。


「すー……はー……」

「落ち着いたか?」

「おかげで。ありがとう」


 優しい声と、暖かい手を差し伸べてくれていたのは、赤目の少年。

 俺の親友。アーネスに間違いない。 

 そうだ、大丈夫。近世の俺はレーダ・ハイマン。

 ハイマン夫妻の間に生まれた長女だから、大丈夫。


「よかった……目ぇ覚ましたら、隣で苦しそうにしてたから」

「アーネスも寝てたの……ていうか、ここは?」


 言葉を発しながら、俺は辺りを見渡した。

 人工的な光はなく、カーテン越しに差し込む光だけがアーネスの顔を照らしている。

 どうやらここはやけに薄暗い、屋内の一室であるらしい。


 内装は高級そうな家具で彩られた、貴族かなにかの寝室のように見える。見下ろしてみれば、優雅さとおしとやかな雰囲気を兼ね備えた、若草色のベッドが見えた。


 俺たちはキングサイズのベッドの上に、横並びで寝転んでいたようだ。

 ご丁寧に、暖かい布団もかけられている。


「リーラントの部屋かな。ずいぶん広いけど」

「王都だし、こんなものじゃないかな」


 実質的に初めての同衾とはいえ、この状況で茶化す気にはなれないな。


 おそらくはアーネスの言う通り、俺たちはリーラントに連れられて、彼女の私室に寝かされていたのだろう。春昼落としを食らった直後は、まだ夕方にもなっていなかった気がするし、深夜になって、自然に目を覚ましてしまったとしてもおかしくはない。


「外、見れば何時かわかるかな」


 俺があれこれ考えている間に、アーネスはもぞもぞとベッドの上の方へ這い出て、カーテンの内側に頭を突っ込んでいた。やんちゃなことだ。一瞬顔を出した好きにパパラッチに激写されても知らないぞ?

 まあ、せっかくだし俺も覗いてみるか。


「私も……」

「おい。なんだあれ」


 俺が横並びになって、カーテンから顔を覗かせたところで、アーネスが何か呟いてた。

 変なものでも見えたのだろうかと、俺も外を見てみると、眼下に街の路地が見えた。


 どうやらここは、結構な高所であるらしい。

 体感で言えば、ビルの三階くらいだろうか?

 城壁と同じか、それ以上はありそうだ。


「高いね」

「いや、そうじゃない。空」


 空? どうかしたんだろうか。

 ひょっとして、ドラゴンか何かでも攻めてきたのか?

 だとしたらもっと騒がしくなってそうだけど。


 なんてのんきに考えていたら、あることに気が付いた。少し紫がかって見える夜空の端に、綺麗な満月が目に入るが、重要なのはそこではない。城壁の先、平地が伸びる地平線の果てが、ずいぶんと赤く光っていた。


「夕焼け……? いや」


 おそらく違う。赤く染まっているのは空というよりも地表近くであるらしい。最も奥に見える水平線よりも手前、暗く生い茂っている森よりも手前。時折、黒い靄がかかって赤色を浸食し、煙が立ち上っているのが見える。



 まさか。

 まさかとは思うが。



「ねえ、アーネス。あの、あっちの方角って……」

「……わからない。どうにかすれば、確かめられるかも」


 今回ばかりは明瞭すぎる嫌な予感が、間違いであってほしいと思いながら、俺たちは今身を置いている家中を駆けまわった。


 三階建てということもあり、部屋数はそれなりに多かったが、それぞれの部屋に鍵はかかっておらず、書斎らしき一室では王都近辺の地図のようなものが見つかった。


 地図には地名が書いてあり、目印になる街の構造物も記されていた。

 だから、赤い空の方角に、何があるのかもすぐにわかった。


 情報を照らし合わせ、移動中の朧げな記憶を照らし合わせ。考証を進めれば進めるほど、俺たちの仮定は確実なものになっていってしまった。


 そして俺たちは、ゆっくりと、ゆっくりと歩み寄り。

 いよいよ、どうしたって飲み込まざるをえない真実にたどり着いた。



「間違いない。俺たちの故郷(ココット村)が、燃えてるんだ」



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