73 三連撃
海から離れた広場の中、晩歌をかき消す勢いの歓声が響く。
声の元は先ほどまで戦っていたはずの教師陣だ。
彼らは波打ち際への攻撃を止め、皆々がこちらへ駆け寄ってきている。
一見すると撤退に見えなくもないが、そういうわけではないだろう。彼らの視線の先にいるのは、先ほど名乗りを上げたばかりの白フードの男性だ。彼の言うことを信じるなら、妖精神王ネルレイラ・ハイマンである。
「う、うーん?」
そういえば、ミナの実家の名前はミシュガンだったわけで。
じゃあダイアーの実家はどこにあるんだろうなんて、考えて居なかったわけではないんだけど……だけどさ。
ネルレイラってあれだよな、リーラントが契約の時に言っていたアレ。
この国と、著名な妖精たちを束ねてるっていう、妖精王的な奴だよな。
つまりはアレか?
ダイアーがやけに有名だったのってひょっとして、この国の王子様だったからなのか?
「な、なあレーダ。あの人が妖精神様なのか?」
「……わかんない」
そうだ。しかもこの人、自分の事を妖精神王とか言ってたな。
神王っていうのがどういう意味なのか、正確なところはわからないけど、ニュアンス的にはイコール妖精神と言ってしまってもおかしくはなさそうだ。
つまりはこうか? この人はダイアーのお父さん(?)で、この国の王様で、ついでに教会であがめられてた妖精神様で……ダメだ。またわからなくなってきた。
「イチ、イチ、イチ、ニイ、ニイ、ニイ」
しかもこの人さっきからなんか呟いてるし。
微妙に声がしっとりしてリズミカルなせいで、催眠音声か何かに聞こえてくる。いわゆるカウントアップってやつだ。後ろ姿とひらめくマントくらいしか見えないが、きっとその目は細められているに違いない。聞いていて気持ち悪いわけではないが、この状況で心地よくはなれないぞ。
まあ、冗談はさておき。一体この人は何をしているんだ?
なんて、軽い思考を巡らせていたところのことだった。
「サン、サン、ゼロ」
突然、まばらに残っていた雲が寄り集まり始め、空模様が一変する。積乱雲のように密集した巨大な雲が、少しずつ地上に近づいてくる。自然には有り得ない光景、間違いなく、ネルレイラ王が何かをしたのだとわかる。
やがて、積乱雲は波打ち際に密集した船団の、直上へと移動を終えた。
今から、何かが起こるのだろう。お手並み拝見といこうじゃないか。
「天照す大雷」
——瞬間、視界から色が消えた。
そう錯覚させるほどに巨大な雷が、積乱雲から一直線に落ち、黒い靄のかかった船を撃ったのだ。一瞬遅れて、聴覚を破壊せんばかりの爆音が響く、自然の雷の音じゃない。アクション映画で、高層ビルが丸ごと吹き飛んだ時くらいの過剰すぎる爆発音が、波打ち際に響いたのだ。
キンとなっていた聴覚が戻ってきて、視界に色が戻ってくる。一撃で全てが決まったようにも見えるが、おそらくまだ終わっていない。
「ゼロ、サン、ゼロ。一颯薙ぐ剣風」
大竜巻のように巻かれた風が、直下の黒い船団を巻き込んで、切り裂いていく。船だけではない。波打ち際から上陸しようとしていた黒い影を、まとめて全て巻き上げていく。そんな風の影響だろうか。だだでさえ密集を続けていた雲が、軌跡を描く風に巻かれてただ一点に凝縮されていく。凝縮して、大きな水の塊を形づくっていく。
「ゼロ、ゼロ、ゼロ。荒み呑む水塔」
そして、水の塊は勢い良く落ちた。
自由落下の速度ではない。明らかに叩きつけられるように。黒い靄、破片、人影に残骸。全てを飲み込んで直下へ落ちた。波打ち際に叩きつけられた水の塊は、すぐさま反発して飛び上がる。球体を保てなくなった水の塊が、天を突く塔のように引き延ばされて天へ上る。
「そして、弾けろ」
周囲一帯の雲。その全てを巻き込んで繰り出された大技は、中空にて水の塔を弾けさせることによって締めくくられた。キラキラと輝く水滴が空を照らし、地上へ向けて降ってくる。透明で、純粋な水の粒には、黒い靄の影も見当たらない。飲み込まれた木片や、船や、人影は、まるきりすべて消えてしまった。
「さて、こんなものかな。どうだった?」
「ど、どうだったといわれても」
なんとか頭の中で言葉を見つけつつ、状況を理解しようと試みたけど、いざ感想を求められると困ってしまう。正直、目の前のことを目に焼き付けるので精いっぱいで、何も考えていなかった。それでもなんとか、心の底から、捻りだせる言葉があるとするのなら……
「「す、すごすぎる……」」
奇しくも俺とアーネスは、全く同じタイミングでそんな言葉を呟くことになってしまった。




