70 白のフード付きマント
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。
活動報告の方でもお伝えしましたが、本日より連載再開となります。
ざわざわと人々が通りに顔を出し、なんだなんだと呟いては噂話を重ねる街中。
衛兵さんに続いて城壁を下り、走り続けていると、やっぱり例の疑問が頭の中で膨らんできた。いくら命令にしたって、いきなり門を閉めるなんてやりすぎじゃないだろうか。もし襲撃に対処するマニュアルみたいなものがあるにしたって、ずいぶん横暴である気がする。
まあ、そんなことを、衛兵さんに言ってもどうしようもないか。
ていうか、走っている最中に無理に話すと辛そうだ。
村でいろいろやっていたおかげで、それなりに体力はあるけれど、子供は子供。
いたいけな少女の身体に、あまり無理をさせるものではない。
「よし、着いたぞ」
「え?」
でも、そんなことを考えていたら、突然衛兵さんが立ち止まってしまった。
意識を現実に戻して見回してみると、辺りはとても王宮に見えない。
というかぶっちゃけ路地裏だ。広くもなければ、人通りもない。
「おい衛兵さん。こんなところに連れてきて何するつもりだ?」
「安心してくれ、もうすぐ来るはずだ」
来るって何がだ?
まさかどさくさに紛れて俺たち奴隷商人か何かに売り飛ばそうとか考えてないよな?
四方八方の勝手口から、急に強面の男たちが飛び出してきたりしないよな?
屋根の上からエントリーした暗殺者に、奇襲を仕掛けさせたりしないよな?
「ん?」
なんて馬鹿なことを考えながら見上げてみると、人影が見えた。
屋根の上どころではない。さらに上。
屋根越しに見える塔の上に、人が立っている。
あれはおそらく、時計塔だろうか?
文字盤のある位置よりさらに上、時計塔の屋根の上に、白い何かが腰掛けている。
「とうっ!」
そして、掛け声が響いた瞬間、何者かは中空へと跳んだ。
俺たちのいる正面報告へ向け、放物線を描きながら宙返りした。
てっきり屋根の上に着地するつもりかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
人影は屋根を飛び越えて、直接路地の方へ飛び降りてきた。
「やあフレディ。今日は何の用かな?」
中性的な声。どちらかと言えば男性寄り。背丈は標準的で、体格は華奢。
白のフード付きのマントを羽織り、その下に黒光りする革の防具を着込んだ人物。
目立ちたいんだか闇に紛れたいんだかよくわからないファッションの人が、衛兵さんに話しかけてきた。口ぶりからして、知り合いなのだろうか。
「その様子であれば、既に分かっていそうですが」
「うん。大体はね。でも情報はいくらあってもいいからさ」
「では、詳しいことはこちらの二人から」
そう言って、衛兵さんは俺とアーネスの方を見た。
流石に急すぎないか。アーネスも目を見開いたまま固まっているぞ。
それに、詳しいことって言ったって、一体何を話せばいいんだ。
ひとまず、何が起こったのか説明できればそれでいいのか……?
「えっとじゃあ、私が」
「あ、ああ。頼んだ」
動揺していたアーネスも、正気に戻ってきたようだ。
とはいえ、自分の中で状況の整理はつけておきたい。
ここはひとまず、俺が説明することにしよう。
「私たちは学校の入学式のために、城壁の外に出ていたんですが、そのタイミングで突然、海の向こうから、何隻かの船がやってきたんです」
「ふむ、続けて」
「はい。船が近づいて来るにつれて、歌のようなものが聞こえ始めました。周囲一帯の音を、すべてかき消してしまうほどの歌を響かせながら、船が波打ち際に突っ込んで」
「それで、何らかの集団が上陸してきたと」
「はい」
ここまでは前提情報だ。
白い彼の口ぶりからして、この辺りのことはわかっているのだろう。
重要なのはこれからだ。
「それで、私たちはリーラントに伝言を頼まれたんです」
「リーラントに?」
「この事態を王城に伝えてくれ、ダイアーの名を出せば、それでわかるはずだと」
「……ふむ」
俺はそう伝えた瞬間、白フードの人物の様子が変わった。
息を吸いながら押し黙り、先ほどまでの飄々とした雰囲気から一転、右の拳を強く握りこみ、何か思い当たったような反応を返してきたのだ。
本当に名前を伝えただけで、状況が理解できるのかと思っていたが杞憂だったらしい。
「フレディ。今すぐ戻って城門を開けろ」
「はっ」
「私はこれから広場へ向かう。この子たちを連れてね」
「えっ」
アーネスと、俺が同時に声を漏らした瞬間、白コートの人物の姿が消えた。
そう思った瞬間、突然視界が持ち上がる。
腰に手を回されて、白コートの人物に抱えられてしまったのだ。
「なにすんだよ!?」
「ごめんね。でも、これが一番早いと思う」
どうやら、アーネスも同時に持ち上げられてしまったようだ。
言い現すなら、両肩に米俵を担ぎ上げるように。
体格に見合わぬ怪力で、俺たちはそれぞれが、彼の両肩に担ぎ上げられている。
「それじゃあ行こうか」
その言葉と同時に、彼の背中越しに地面を見て、あることに気が付いた。
地面が青い粒子を帯びて、何かを形作ろうとしている。
彼が妖精歌を歌っていた様子はないのに、つい先ほどのアーネスと同じように。
俺たちの身体を丸ごと運ぶ、粒子の波が形作られようとしている。
「打ち時化る銀波」
そして、白コートの人物は、俺たちを抱えたまま波に乗った。
俺たちは結局なにもわからないまま、今まできた道を引き返していく。




