63 ミシュガン商会
王都に着いて、大通りをしばらく進み、活気のある市場へ出た。
わいわいがやがやと周囲の声が集まり、当然ながら注目も集まる。
ひょっとして、こんな馬車で進んでいたら、道行くひとから驚嘆や困惑の声が上がるかと思ったが、そういうわけでもなく。
窓の外にちょくちょく通りがかる人影も、みな一瞥はくれるものの、すぐに別方向に興味を移している。
「さて、着きましたよ」
前の方から、そんな声が聞こえて馬車が止まる。
窓の外の風景を見るに、何か大きな門の前にたどり着いたようだ。
お屋敷って感じとはまた違う石造りの壁と、堅牢そうな木製の門。
ひょっとして、冒険者ギルド的ななにか?
「こちらへ」
俺がいろいろと想像を巡らせている間に、馬車の扉が開いてしまった。
促されるままに馬車を降りようとすると、先に降りていたダイアーが膝をついて俺にてを差し伸べてくれる。
そっか、この体で躓きでもしたら大惨事だもんな。
相変わらず気の利くやつだぜ。
「さて、お嬢様。ダイアー様。お久しぶりでございます」
俺に続いて、アーネスが両足飛びで降りたところで、中性的な声が聞こえる。
見ると、先ほどまで馬車を御していたであろう人物が、二人に頭を下げていた。
そういえば、全く気にしてなかったけど、この人とも初めましてだな。どなた?
「久しぶりね、ミモレ」
「お嬢様もお変わりないようで。このような騒がしいところでのご挨拶を、失礼いたします」
ミナがミモレと呼んだその人物は、絵に描いたようなタキシード……というわけではなく。
ブラウンを主としたコーデに全身を包み、革のつば広帽子をぬいで、左手で胸に当てていた。
執事やメイドというよりは、商人っぽいっていうんだろうか。
相変わらず性別はわからないが、その振る舞いは丁寧そのものだ。
「いいわ。どうせ、中の方が騒がしいでしょう?」
「それはその通りですね」
あら、いい表情。
ミモレさんは慎ましげなニコって感じの笑顔を、俺たちに向けてくれた。
これにはレーダちゃんも答えねばなるまい。
「本日はどうも、よろしくお願いいたします」
フリフリフリルスカートの端を軽く持ち上げ、丁寧な言葉遣いで頭を下げる。
そのまま流れるような動作で肩を上げ、元の体勢に戻ってからウインク。
この日のために練習した対人必殺コンボをくらうのだ!
「うっ!」
「え」
突然、ミモレさんが持っていたつば広帽子が圧縮されたかと思うと、彼(彼女?)は突然、膝をついてうなだれてしまった。
大丈夫だろうか、そんなつもりじゃなかったんだが。
ひょっとして女児にウインクを食らうと死んでしまう持病でも持っていらっしゃった?
「流石はお嬢様の娘……犯罪的ですね……」
あ、この人多分やばい人だ。
口元を抑えてブツブツ言っていたけど、俺の耳にはしっかり聞こえている。
きっとこれ以上サービスしちゃいけないひとだな。うん。
アーネスが横で、なにか険しい顔をしているから、間違いない。
***
大きな木製の門を抜け、屋内に入ると、すぐさま圧倒されてしまった。
大通りも随分な賑わいだったが、はっきり言って比べ物にならない。
順路を作るように並べられたテーブルには、貴金属や調度品、香辛料らしき粉末など、雑多かつ見栄えの良い逸品が並んでいるし、店頭に立つ商人は順路に向けて呼び込みを続けている。
怒声かと思うほど張られた声が響いているのは、オークションか何かをやっているからだろう。
壁際に集まる人だかりの先は見えないが、何かを見せびらかすように舞台に立つ男は見えた。
なるほど。こりゃ石造りの分厚い壁が必要なわけだ。
「ようこそ、我らがミシュガン商会へ。奥へご案内します、はぐれないようにお気を付けて」
そうは言うものの、俺たちが入ってきたところ自体、裏口のようなものだったのだろう。
入ってすぐのところには出店が無く、順路が必要ないほどにすいている。
「すごいな……うん?」
俺がミモレさんに促されるまま、進もうとすると、となりのアーネスがなにかゴソゴソとしているのがわかった。
見ると、あからさまに俯いて、上着をかぶろうとしているようだ。
どうかしたのだろうか。
「気にするな。別に、人の多いところが苦手なわけじゃない」
「じゃあどうして?」
「俺みたいなスエラが、奥に進むところを見られたら、きっと都合が悪いだろ」
そういえば、最近完全に忘れていたけれど、アーネスの持つ身体的特徴は、一般受けが悪いんだったか。
だとしたら、気を遣わせてしまっていて申し訳ないな。
なにかできることはないだろうか……
「なーに言ってるの。私の娘の友達なら、もっと堂々としなさいな!」
「えっちょっと……うわ!」
おや!? 突然ミナがアーネスを持ち上げてしまったぞ。
そのまま肩の高さまで掲げて、周囲の注目をあつめ始めてしまっている。
一体なにをするつもりだ……?
「みんな注目! ミナ・ハイマンが帰ったわよ!」
突然ミナが声を張ったかと思うと、辺りが静寂に包まれる。
オークションをしていた壁際の人々すら、黙ってしまった。
「ママ? なにを……うわっ!」
「ごめんね、レーダ」
油断していたら、後ろから腕を通されて、俺の身体も持ち上がってしまった。
犯人はその声の通り、ダイアーだ。
パパまでそろって、何をするつもりだ……?
「この子は私の娘よ、そしてこっちは娘の親友……ほら、自己紹介して」
「え、えーと、レーダ・ハイマンです」
「あ、アーネスだ」
小声で促されるままに、自己紹介をしてしまったが、相変わらずあたりは静まっている。
それはまるで、何かを待っているかのように。
続くミナの発言を待っているかのように。
「今日は娘の入学記念日だから、本日分の取引手数料はナシよ! その代わり、彼女たちにこれから、とーってもよくしてあげてね!!」
ミナの発言が途切れたところから、一拍置いて。
――めまいがするほどの歓声が上がった。
そんなに取引手数料ゼロが嬉しいのか……?
「お嬢様のお帰りだぞ!」
「しかもあの娘ちゃんもかわいいなぁ!」
「そうか……もうそんなに大きくなったのか」
「ダイアーもいるぞ! あの野郎やることやりやがって!」
と思ったがそういうわけでもないらしい。
和気あいあいとした歓声に続いて、皆々の祝福が耳に入る。
続いて、ミナやダイアーのもとに、手を振る人々や、粗品を手渡してくる人々も現れてきた。
「ははは、こりゃ入学後も騒がしくなりそうだね」
「俺はどうすればいいんだ……」
のんきなダイアーに、怯えるアーネス。
まあ、想定外のイベントではあったけど……
とりあえず、俺たちのことを良く思ってくれている人々は多そうだってことで……いいのかな?




