58 アーネス の カウンター!
あーねっすくんっ。
あっそびましょー。
今日はレーダちゃんが、手作りお菓子を持ってきたのだ。
早く開けないと帰っちゃうぞー。
「お前……俺だから気付いたけど、無言で家の前にいても普通わからないからな」
「あはは、ごめんごめん」
呆れたように家の扉を開けるアーネス。
ノックだけで気付くのだから、彼もなかなかだな。
「家、きれいになったね」
「ああ、暇つぶしに掃除した」
促されて入った建物の一階部分は、初めて来た時に比べると随分奇麗になっている。
埃やクモの巣なんてもってのほか。
乱雑に並んだ雑貨は整理整頓され、窓のカーテンは開かれ、部屋の中には暖かい光が満ちている。
家具のうちいくつかは光沢をもって、陽の光を反射しているほどだ。
「それで、今日は何の用だ?」
「ああ、お菓子を作ったから、よかったらどうかなって」
俺がそう言ったら、アーネスは意外そうな顔で固まってしまった。
なんだ? そんなに俺からのプレゼントが嬉しかったのか?
「……何も返せないぞ」
「そんな、お返しなんて……気持ちだけで十分だよ」
別に、バレンタインとホワイトデーじゃあるまいし。
俺は人への贈り物に、いちいち見返りを求めたりしない。
俺のプレゼントは無償の愛なのだ。
喜んでくれるなら、そのほうが嬉しいんだけどね。
「いや、そうはいかない」
「え、急にどうしたの」
気付けば、アーネスが俺の方へ手を差し出していた。
ついてこいってことだろうか?
まあ、今日は予定ないから別にいいけど……
◆
「待たせたな」
「う、うん」
アーネス宅のダイニングにて、アーネスを待っていたところ。
何故かアーネスが木皿を持って、俺の席にそれを置いた。
大体予想はついていたけど、やっぱり料理でお返しってことなんだろうか。
「これは?」
「ポトフだ。具材は少ないけど、味は調えてある」
見てみると、具材はニンジンっぽい根菜とセロリっぽい葉物。
それと、くたくたになったお肉っぽい何かだった。
「いいの? これ高かったんじゃない?」
「すじの方の肉だからな。たいしたことない」
ほほう。ダイアーがいくらか支援してくれているのは知ってたけど、アーネスもなかなかお買い物上手みたいだな。
しかしながら、お料理の方はどうかな?
ミナのお料理をいつも口にしている、俺のおくちは厳しいぞ?
「では早速……」
前のめりになって鼻を近づけ、匂いを確認する。
なかなか良い感じだ。
香っただけで体がポカポカしてくるような、そんな感じがする。
お皿に立てかけられていた、小さな木製スプーンを手に取り、ニンジンとスープをすくってやる。
そのまま口に運んで、味を確かめてみる。
「優しい味……」
流石に、一口で服がはじけ飛ぶほどのインパクトはないが。
むしろ真逆の、家庭的で暖かな味わいが口元に広がっていく。
少しだけピリリととしたのは、ニンジン本来の味なのだろうか。
体だけでなく、心も温まってしまうような味わいを表現するには、こう言ってやるのが適当だろう。
「流石、アーネスが作っただけあるね」
「……そうか? どういうことだ」
「さっき言った通り、優しいってこと」
「な……」
おっと、なんだ?
今更照れくさくなったんじゃないだろうな?
女の子のプレゼントを後回しにしたんだ。
これくらいのからかいは許していただこう。
「こりゃ、私が作るよりアーネスが作った方がいいかもねー」
何がとは言わないがな。将来的にはな。
ふふ、自分で言ってて恥ずかしくなってきたぜ。
まあ冗談だ冗談。
あんまり本気で受け取るなよ?
「もちろん。そうできるようにするつもりだ」
「え」
「一人暮らしの期間は、俺の方が長いからな。王都に行っても、大体は任せてくれて構わない」
あ、そっか。
まだ詳しくは決めてないけど、王都に行ったら向こうで暮らすことになる。
つまりは、二人で暮らすことになるかもしれないのか。
「い、いや……流石に寮とかあるだろ! 一緒の部屋で二人暮らしなんてまだ……」
「……? 俺は飯の話をしているだけだぞ?」
う? あ。そっか。
別に部屋が違っても、食事は一緒にできるわけだし。
そうだよな! 別に家事全般の話をしているわけじゃないもんな!
あーびっくりした!
「まあ、そうなっても別に俺は構わないけど」
「……」
おう……それ以上俺を刺すのはやめてくれ。
からかおうとしたの謝るから。
頭の中お花畑な勘違いをしたのが惨めになってくるだろ。
そうだ、あんまり会話していると、ポトフだって冷めちゃうだろ。
「……? 顔赤いぞ。大丈夫か?」
「ポトフがあったかいからね!」
そうだ! 今は飯に集中だ集中!
食べ終わるまで顔上げないからな!




