56 もりのレーダちゃんのホームランダービー
今回から、新章開始の助走も兼ねて、なんでもないお話を何話か投稿していきます。
よろしければお付き合いください。
やあ、ぼくレーダちゃんだよ。
きょうはね、野球ボールを作っていこうと思うんだ。
いや、これはまた別の人か。
まあいいや。どうせ誰にも伝わらないんだし。
今日は思い付きで、野球ボールっぽい何かを作ってみている。
理由は簡単。むやみやたらに投げ飛ばせる何かが欲しくなったからだ。
まあそれは冗談で、ただボールが欲しくなったからなんだけど。
そんなわけで、今日は自分の部屋こもって、工作をするぞ!
材料は外の物置にあった、何らかの哺乳類の毛っぽい何かだ。
野球ボールの中身は羊毛だった気がするので、ガチガチに固めてやれば何とかなるだろう。
問題はその、ガチガチに固める材料の方だ。
あんまりガチガチ過ぎても危ないと思うし、接着剤とかはなくてもいいかもしれないが。
羊毛をコーティングする革的な何かは、間違いなく必要だと思う。
と、いうわけで。
「ねえパパ。ボールを作りたいんだけど、良い材料ってないかな」
「ん、ああ。台所にいくらかスライムが残っているはずだから、それをつかうといいよ」
ん? スライム?
◆
聞けば、スライムにミナの作った特殊な薬品を混ぜると、なんかこうゴムとビニールの中間みたいなブヨブヨの塊になるらしい。
言われた通りに(何故か)台所に置いてあったスライムを拝借して、ブヨブヨを作ってみると、丁度良い大きさのゴムまりのようになった。
「なんか楽しいな」
いつだったか、ダイアーが弓を見せてくれた時に使った的に向けて、ゴムまりを投げつけ続けているが、なかなか悪くない。
激突した時の音も軽快でうるさくないし、なにより良く跳ねる。
「そういえば、レーダにはほとんど遊び道具をあげていなかったね」
「うん。私も欲しいって言わなかったからね」
ダイアーはといえば、腕を組みながら俺が的当てをしているのを眺めてくれている。
どうやら今日はおやすみの日らしいな。
せっかくだし、パパにもちょっと協力してもらおうか。
「それっ!」
「うおっ!?」
俺はダイアーに向けて、スライムまりを投げつけた。
刹那。ダイアーの右手が物凄い速度で振りぬかれ、常識外れの速度でスライムまりに激突する。
まるでホームランバッターのアッパースイング。
打球速度は俺の投擲速度の数倍を越え、森の樹の高さを超え、空の彼方へ。
丁度森の先遥か彼方の水平線へ向け、その姿を眩ませていったのであった……
「ああ、やっちゃった……ごめんレーダ」
ダイアーはあからさまに申し訳なさそうな表情をしている。
だがしかし、俺は少し悪いことを思い付いてしまった。
「ねえパパ。スライムってまだいくらか残ってたよね?」
◆
「13球目!」
俺は思い切りスライムボールを投げつける。
対象はダイアー。の、少しだけ横、ちょっと内角低め。
「捉えた!」
その言葉に違わない手刀が振りぬかれ、スライムボールの真芯を捉える。
爆発にも近い音を響かせながら、森の上空へスライムボールが消えていく。
「くぅ……やっぱりダメか」
「いまのはなかなか惜しかったよ」
ありったけのスライムを用意して、ダイアーからストライクを取れないか画策してみたが、結果は惨敗。
用意した13体のスライムボールは、ことごとく場外ホームランとなってしまった。
一球くらい抜けると思ったんだけどな。
「いやしかし、レーダもなかなか運動神経がいいんだね」
「いやあ、パパには叶わないよ」
本当に、ただの思いつきでホームランダービーに付き合わせてしまったけれど、なかなか楽しかったな。
心なしか、投擲技術が磨かれた気もするし、なによりいい運動になった。
こういうどうでもいい一幕が、将来役立つ経験になったりするんだろう……なんてな。
ちなみに。
後日、波打ち際でいつか見た夏の妖精が我が家にやってきた。
曰く、浜辺にて瞬間的に大量のスライムが発生。
処理に追われて大変だったらしい。
「あー。きっと材料になったスライムが上質過ぎたんだな」
とは、ダイアーの言葉である。
頼むから、そんなもんホームランダービーに使う許可出さないでくれ。
というわけで、今後はちゃんと普通のボールを使おうな。うん。




