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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
間章「ノエルのだいぼうけん!」
55/105

55 世界を超えた……


 ちょっとー。さっきから海岸線で向き合って対話していらっしゃるお二人さーん。

 神だの吸血鬼だの、私にわからない単語で話されても困るんですけどー。

 今日の冒険の主役は私ですよー。


「ま、答えなんてどうでもいいんだけどね」

「そうだよ! 私にも妖精歌教えてよね!」


 私が横入りするように叫んだら、二人は目をまん丸にしてこちらを向いてきた。

 いや、そんな顔されても、先に人を置き去りにしたのはそっちでしょうに。

 私だけ仲間はずれって酷くないですか?


「そうか……一応試練って言ったからには、約束を果たさないといけないか」

「当然でしょ? 私たちは正々堂々真っ正面から攻略してみせたんだし、文句はないよね!」

「全部トライトに任せておいてよく言うよ……」


 それはそう。

 正直客観的に見て、胸を張って力を貸せって言える立場ようなじゃないと思う。

 でも、例え自分側に負い目があったとしても、こういうのは折れたら負けだ。

 NOを言えない事務職時代の、苦労と学びがそう言ってるぜ。


「いいよ。約束通り、契約してあげる」

「やった!」

「ほら、さっさとこっちに来て手を出しな」


 へえへえ。こりゃありがてぇ。

 契約してもらえるなら、それでいいんでゲスよ。

 ま、ふざけるのはほどほどにして、普通にお言葉に甘えておこう。

 わざわざ向こうの気を悪くすることもないだろうし。


「これでいいの?」

「うん。ちょーっとまってね」


 目の前の妖精さんはそう言うと、私のおててを私よりちっちゃな手で握り、何かをつぶやき始めなさった。

 いかにも神聖な儀式って感じだけど、別にエフェクトとかは付いていないのでよくわからない。

 ちょっと気まずくなってアーネスの方を向いてみたけれど、彼は彼で何か考えごとをしているようだ。


 このまま、ずっと待ってればいいのかしら。

 知らないうちに変なことされてたりしない?

 契約の下の方にめちゃくちゃちっちゃい薄文字で、マグロ漁船に乗りますみたいな一文足されてたりしない? 大丈夫?


「はい。これで契約は終わり」

「ありがとう! これで私も妖精使いね!」

「まあ、そう言っていいんじゃないかな」


 ふふふ、妖精使い。

 ファンタジーについては詳しくないけど、なんか魔法使いの親戚みたいなものでしょう?

 超常現象が超能力でエスパーなんでしょうきっと。


「それで、妖精歌はどうやって使えばいいの?」

「自分で調べなよ」

「えっ、教えてくれないの?」

「そこまでやるとは言ってないだろ」


 あーそっか。契約してあげるとは言ったけど、教えてくれるとは言ってないのかコイツ。

 やられた。まるで、流行りのゲームソフトだけを買って、ゲーム機本体を買っていなかった時のような痛恨。

 幼少期の苦い思い出が蘇るね。

 ま、今の私も幼少期っちゃ幼少期なんだけど。それはそれ。


「アーネス! コイツ詐欺師だよ!」

「詐欺師って……別に何も騙しちゃいないじゃないか」


 こういう不平は人に伝えて、ジャッジしてもらうのが一番だ。

 自分でゴネるより、他人にゴネてもらったらほうが失う者も少ないしね。

 冗談はさておき、ゴネ仲間は多い方がやりやすいってものだ。


「ん、ああ……聞いてなかった」

「ちょっと!」


 二人だけで話した後は聞いてないって、酷くないですかねこの坊ちゃん。

 そんなんじゃ女の子に愛想つかされちゃうよ。

 心に決めた相手がいらっしゃるなら、そういうところ改めたほうがいいんじゃないかしら。


「それで、なんだ。俺もあんたと契約できるのか?」

「できない……と言いたいところだけど、できるようになってしまったね」

「だったら、頼む」

「はいはい」


 ま、これでアーネスも妖精使いか。

 私だけ秀でることはできなさそうだけど、彼と競ってるわけでもないしね。

 ノエルちゃんは笑って許してあげましょう。


「トライトさんはいいの?」

「ええ。私はすでに、彼とは契約していますから」

「ああ、そう言えば知り合いでしたっけ」

「旧知の仲ですね」


 ふーん。トライトさんと旧知ってことは、きっとこの妖精も結構年行ってるのね。


「何か?」

「いえ、なんでもないです」


 危ない危ない。失礼な考えが顔に出てたらしい。

 この身体は顔に出やすいことを忘れていた。


「ともあれ、彼の目的も達せましたし、今日はそろそろお暇しましょうかね」

「え、もういいんですか?」

「彼を見てください」


 そう言って、トライトさんが指さしたのは、月明かりに照らされたアーネスの横顔。

 きりりとした赤い目で、口元には確かな笑みを浮かべている。

 妖精から離された右手を確かめるように握って、何か決意に満ちたような表情をしている。


「これで……俺も傍に」


 誰の傍? なんて聞く必要はなさそうね。

 感情豊かなこの時期の少年を、そんな顔にさせるのは、一体どこの誰なんでしょうか。

 はあ、身内ながら、うちのお姉ちゃんは罪な女だよ。


「あ」


 そう言えば、今日の目的。

 お姉ちゃんの正体を突き止めることだったはずなんだけどな。

 気づけばもう月が出ているし、家からずいぶん遠い場所にいるし。


「ああ……せっかくの外出日が」


 こりゃ、家に帰ったらしばらく監視の目がつきそうだな。

 トライトさんが、上手く説明してくれてればいいけど……


***


 家に帰ると、予想通り。

 玄関の前に、ミナお母さまが仁王立ちで立っていた。

 その圧力は、まるで城門を死守する魔神のようで。

 あるいは、大きな木橋の中央に立つ、弁慶のようでありましたとさ。


「おかえり、ノエル」

「あははーただいま」


 私は何とか隣を通り過ぎようとして、ミナお母さまにフリルの襟を捕まれる。

 そのまま回れ270度右。

 ミナお母さまと向かい合って、鬼の形相を見せられ……あれ。


「ねえ、おねがい……」


 ミナお母さまが、凄く悲しげな表情をしている。

 涙ぐんではいないけど、痛みをこらえるような、すごくつらそうな表情をしている。


「娘の身体で、これ以上危ないことをしないでください……」


 それは、ノエルに向けた懇願では、ないのだろう。

 この世界の、娘に向けた懇願ではないのだろう。

 あくまでこれは、私に向けた。



 ノエルの身体を動かす、私に向けた懇願だ。



「言ったじゃないですか」


 あの、家族を置いて海岸から二人で帰った日。

 思えばミナは、あの日以来ずっと辛そうな顔をしていたな。


「私はノエル。あなたの娘ですよ」


 そう、例えそれが、娘の記憶を持つ別人であったとしても。

 濃い霧のかかったあの夜に、乗り移った人格だったとしても。

 この身体の中に私が生きている限り、私はノエル・ハイマンで居続ける。


 記憶はすでに統合されているから、元の人格が残っているかなんてわからないけれど。

 少なくとも、彼の居場所を突き止めるまでは、私は精一杯生きますとも。

 その過程で、ノエル・ハイマンの身体が壊れてしまったら、仕方のないことですが。

 その時はどうか、諦めてください。


「私が彼を見つけるまでは、私がノエル・ハイマンです」


 私は、彼を取り戻すまで諦めませんので。

 おそらく、こちらの世界へ迷い込んでしまったであろう彼を。

 放っておいたら、ベランダのフチから落っこちてしまうくらい、おっちょこちょいな彼を。


 私無しでは生きられない彼を、日本に連れ帰るまで。

 ノエル・ハイマンこと、赤坂アオイは諦めませんので。


 どうか、私の調査活動に。

 世界を超えた大冒険に、ご協力くださいね、お母さま。

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