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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
間章「ノエルのだいぼうけん!」
54/105

54 大妖精の祝福

 アクシーと呼ばれた妖精が姿を消して、しばらくしたころ。


 緩やかな海の一波と共に、水中から怪物が姿を表す。

 半透明の発光する人影だけど、幽霊とか、そういうのじゃなさそう。

 どちらかといえば液体……全身が海水でできた海坊主か、スライムみたいなものかもしれないね。

 どうやら、あの妖精が用意したガーディアンってのはコイツのことみたいね。


「こいつが……よし」


 アーネスはなかなかやる気というか、何か意を決したような表情をしている。

 いや、武器もないのにどうやって戦うのさ……

 とは思うけれど、口に出さないのが優しさってものよね。

 

 ともあれ、それで……トライトさんの方は?


「借り物を天に返すがいい、目玉も血潮も干からびろ」


 なんかめちゃくちゃ物騒な口上を述べていらっしゃる。

 聞いたことはないけれど、これが妖精歌ってやつなのかしら。

 言葉だけ聞いても、何が起こるのか想像し辛いところだけど。

 干からびろっていうくらいだし、熱風でも飛ばすのかな?


「万汗絞り」


 そんな感じで技名っぽい何かが呟かれて、トライトさんが片手を向けた瞬間。

 5本の指先からそれぞれ、光る糸束みたいなものが、海坊主に向けて放たれた。

 こういうのもなんだけど、それらしい、いかにもな演出だ。


 光の束はそのまま海坊主の周りをぐるぐる周って、締め上げるように狭まっていく。

 別に実体があるわけじゃないみたいで、海坊主は気にせずこちらに向けて歩いてきているけれど、光の回転はどんどんと加速していく。


「それっ!」

「あっ!」


 気合いの入った一声。

 まるでボールを放り投げる時みたいな、軽い掛け声ではあったけど、実際に起こった事柄は、それっで済まされるようなものではなかった。

 光の束が海坊主の上方へ向けて弾け、それに続くように大量の海水が噴出したのだ。


 まるで噴水。というか、実際のところ、水が噴き出しているわけだけれど。

 明らかに、海から離れた地点で噴き出した水の元が、あの海坊主であることは明らかだ。


「やはり、液体生物にはこれが一番ですね」 

「え、えげつない……」


 これ、相手が不定形の液状だから噴水で済ませられるけど、もしも生き物に使ったらどうなってしまうんだろう?

 この噴き出す透明色が、まるまる赤く染まってしまったりするんじゃなかろうか。

 青少年には見せられないスプラッタが展開されてしまうんじゃなかろうか。


「大丈夫ですよ。お嬢さん」

「あ、流石に普通の生き物には効かないとか?」

「いえ、普通の生き物なら、避けられます」


 あ、普通に使えはするんですね……

 避けなかったら、効きはするんですね……

 ちょっと想像したくないですね……


「さて、残りの奴らもさっさと片付けてしまいましょうか」

「残り? あ、本当だ」


 波打ち際を改めて見てみると、後続の海坊主たちが陸に上がり始めている。

 トライトさんは、私が気付いた頃には既にそんな奴らへ向けて、同じような妖精歌を歌い始めている。

 やがて、同じような光の束が放たれていく。


「なあ、ノエル」

「うん」

「これ、俺たちいる意味あるか?」


 奇遇だね。私も同じこと考えてたよ。

 怪物が海から姿を表して、トライトさんが絞り上げていく繰り返し。

 文字通りのウェーブ制というか、もぐらたたきというか……

 はっきり言って、私たちは流れ作業を見ているだけで、何もしなくていい状態だ。


「あの子の傾向からして……あと5分ほどお待ちください」


 あ、傾向まで分かってるんですね。

 そしてやっぱり、待ってるだけでいいんですね。


「……アーネス」

「なんだよ」

「暇だし、お話しでもしよっか」


 不用心なと思われるかもしれないけど、正直、これ以上にできることはない。

 話続けていれば、自分たちが無事であることを伝え続けられることにもなるだろうし。


 なんだか、拍子抜けだなぁ……


◆◆◆



 ノエルとの雑談が、レーダの話題からダイアーさんの方へ移り始めたころ。

 いつの間にか、辺り一面の濃霧が晴れていた。

 既に太陽の姿は無く、辺りを照らすのは月明かりだけである。


 本当に、俺たちがだべっている間に終わってしまったらしい。

 いつの間にか、薄まった霧の中から、滞空するチビ野郎が姿を表している。


「トライト」

「はい。なんでしょうか」

「僕は君が嫌いだよ」


 ふくれっ面で不満気なアクシーに対して、トライトの返答は笑顔一つ。

 妖精の方はあからさまな舌打ちをして、そっぽを向く。

 続いて、腕を組みながら斜め上を見上げたあと、諦めたようにため息をついた。


「ま、元々試練を受けに来たわけでもなさそうだし、良いけどさ」

「やっと理解してくれたようで何よりです。私たちはただ、話を聞きに来ただけなのですよ」


 そう言えばそうだ。

 別に俺たちはコイツに妖精歌を教わりにきたわけじゃない。

 話を聞きに来たっていうとふわっとしてるけど、まあアレだ。


「俺の現状について、妖精の意見を聞きたかったんだ」

「現状もなにも、君は吸血鬼じゃないか。見るだけでわかるよ」


 うん。まあ、俺もそう思ってるんだが。

 どうするんだトライト。

 専門家に意見を聞いても、全く進展がなさそうだぞ。


「いえ、どうやらそうでもないようなのです」

「んなことい言ったって……うん?」

「気付きましたか?」


 いい加減、俺にも分かるように話を進めてくれないだろうか。

 そんなことを思っていたら、突然、俺の方に妖精がにじり寄ってきた。

 うっかり後退りしそうになるのをこらえて、見られるがままにしてみる。

 はっきり言って、ジロジロ見られるのはいい気分じゃないけど……


「ははーん……面白いことするなぁ」

「なんだよ。はっきり言えよ」

「いやいや、こんなの初めてだ。知識として知ってはいたけど……」

「……トライト、いい加減説明してくれ」


 もうそろそろ我慢の限界だ。

 思わせぶりな言葉ばっかり重ねやがって。

 会話の要所がふわふわしすぎてイラついてきたぞ。


「いや、僕がはっきり言ってあげよう」


 まあ、別にそれでもいいが。

 なんにせよ、早いこと聞いてしまおう。


「君の身体は、大妖精の祝福を受けている。夜神の祝福を、上書きするようにね」

「……つまり?」

「今の君は、吸血鬼の身でありながら、妖精神に拒絶されていないってことさ」


 なるほど……?

 だから聖印を見ても平気だったってことか?

 いやしかし、大妖精ってな……


 そんな奴に会った覚えはないし、祝福もらった覚えもないんだが。

 また知らない奴に、俺の身体をどうにかされたのか?

 だとしたらそれは、あまりいい気分ではないが。 


「君、ひょっとしてリーラントの教え子かい?」


 だけどその名前には、物凄く聞き覚えがあった。

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