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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第三章「四歳の夏」
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45 わちゃわちゃした結末

 ふと気付いたら、教室中の視線が俺たちの元に集まってしまっていた。

 涙ぐんで抱きしめ合う、黒ずくめの長身男といたいけな女児。

 そんな光景を見た、良識がある人たちがどんな行動をとるかは、わかるかな。


「警備員を呼べ!」


 うむ。そりゃあ通報だね。


***


「ダイアーさん、レーダ、それからリーラント」

「「「はい」」」


 長身の男性、俺、長身の女性の順で。

 教室の床に正座させられる俺たち。

 視線の先にいるのはアーネス一人だ。


 それ以外の人たちは、全員眠っている。

 教壇を中心にする形で、床に付してしまっている。

 いやー、ダイアーの本気の妖精歌なんて、初めてみたなー。


「もうちょっと何とかならなかったの?」

「「「すいませんでした」」」

 

 はい。


 全員、土下座である。

 この世界でも最上位の謝罪は土下座である。

 この件に関して全く悪くないアーネスに土下座である。


「まあ、いろいろと計画はパーになったけど、レーダが元気になったならよかったよ」


 計画って……やっぱりこの人たち、みんなグルだったのか。

 わざわざ王都に行くなんて、随分大掛かりな計画だけど、ともあれ、なんだかしてやられた気分だ。


「まあ、当初の予定より、こっちの方がずっといいな」

「当初の予定?」

「ああ。本来なら俺がレーダをたぶらかして、王都で二人で暮らすことになる予定だった」

「は!?」


 なんだそれは。

 俺をたぶらかす……? 二人で暮らす?

 詳しく聞かせてもらわないとちょっと脳が追い付かない。


「俺さ、リーラントのおかげで、ここの入学資格もらえたんだよ」

「え……?」

「だから、学生寮に入って、お前と二人で暮らせって、ダイアーさんが言ってきたんだ」


 そりゃ、アーネスはかなり生活能力高そうではあるし、お金さえあれば二人でだって暮らしていけるかもしれないけど……俺はまだ4歳だぞ?


「パパ……?」


 問いかけるようにダイアーの方を見てみたら、ダイアーは物凄く気まずそうな顔になってしまった。

 まあそりゃ、あんなやり取りがあった後に話す話題じゃないとは思うけどな。

 でも、これに関しては聞いてみないわけにはいかない。


「えーっと……ほら、君はしっかりしているから。僕がいなくても暮らせるだろうと……」

「話したの?」

「……いや、ぼかしてる。流石に勝手には話さないさ」


 主語のない会話だが、意思の疎通は取ることができた。

 つまり、俺の前世のことは話していないのだろう。


「まあ、なんだ。今は詳しく聞かないから、ゆっくり話せよ」

「ありがとう、じゃあ」


 俺は正座をダイアーの方へ向ける。

 さっきは感情に任せすぎて、まともな話ができなかったけれど、今は違う。

 今はきっと、ちゃんと話さないといけない時間だ。


「パパ。言いたいことはいろいろあるけど、一つだけ」

「うん」


 だけどまあ考えてみれば、リーラントを通して大体のことは話してしまっているから。

 かける言葉は、これだけでいいだろう。


「私は、巣立つときは自分で決める。だから、それまでそばにいて」


 きっとそれは、俺が決めるべきことだから。

 ダイアーに背負わせるより、こっちの方がいいだろう。


「ふふ、わかったよ」


 そうして、裏のない笑顔で、お互いにはにかんで。

 遠慮のない笑顔で、声を上げて。

 この言葉を交わせたら、顔を合わせて頷きあえたら。

 俺たちはやっと、もう何も心配はいらない気分になれたから。


「じゃあ、学生さんたちを起こして、怒られに行こうか」

「……そうだね」

「いやじゃあ……学園長に怒られるのじゃ……」

「……俺は先に出てるからな」


 きっと今は、これでいいのだ。


***


 夕暮れ、空が赤くなったころ。

 大通りとは別の、城壁の外へつながる出口の前。


「さて、親子の仲直りは済んだよな?」


 リーラントと分かれ、王都の外に出る直前、乗合馬車が見えてきたころ、アーネスはそんなことを呟いて立ち止まってしまった。

 何故? と一瞬考えたところで思い当たってしまう。


「アーネス……もしかして、ほんとにこれから王都で暮らすの?」


 そうだ、アーネスはもう、学園の入学資格を得てしまっている。

 彼は元々、本好きで知識欲旺盛だから。

 引き止めなければ、ここで別れてしまうかもしれないのだ。


「馬鹿言え。吸血の当てもないのにそんなことできねぇよ」

「あ、そっか」

「でも……話さないといけないことは、あるな」

「えっ?」


 そんな会話を交わしたら、アーネスはダイアーの方を向いてしまった。


「ダイアーさん。お願いがあります」


 両手を膝の横に揃え、ダイアーを真っ直ぐに見据えている。

 彼の赤い目が夕暮れに照らされて、より一層赤く光っている。


「なんだい? 残念だけど、娘は渡さないよ?」

「ええ、今はそれでいいです。でも……」


 なんだ、何が始まるんだ。

 てか今はってなんだよ。

 だから今はお別れとか、俺は嫌だぞ。


「学園の入学、先送りにさせて下さい!」


 そう言って、アーネスはダイアーに向けてお辞儀をした。

 一瞬、そっちだったかという安堵感に襲われたが、問題はダイアーの反応だ。


「先送りってことは、取り消しではないんだね」

「ええ。いつかは行きたいと思ってます、一応、俺の夢なので。でも……」

「でも?」

「俺はまだもう少し……レーダのそばにいたいです」


 あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。

 アーネスはお辞儀したまま固まっているし、ダイアーも同じく唸っているけど。

 これにはちょっと、答えないわけにはいかないな。


「パパ。学園に入れるのって何歳から?」

「年齢制限はないはずだけど……今すぐはオススメしないかな」

「私もいつかは入れる?」

「それは大丈夫。必ず入れるよ」

「そっか」


 そうか、だったら、こうしよう。

 頼もしい言葉ももらえたわけだしな。

 ダイアーには負担をかけるかもしれないが……きっと許してくれるだろう。


「じゃあ、三年後ね」

「三年後?」

「うん、今日から三年経ったら、私も学園に入るから」


 アーネスの手と、ダイアーの手を同時に取って、二人の顔を見合わせる。

 二人の視線が合ったことを確認してから、俺はもう一度口を開く。


「その時になったら、アーネスと一緒に、私も入るよ」

「ハッ」


 ダイアーは微妙な顔をしているが、アーネスの方は笑ってくれた。 

 我ながら、随分な宣言だとは思う。

 だけど、アーネスの夢を邪魔したくはないからな。

 きっとこれが、いい落としどころじゃないだろうか?


「ふっ、ふふ」


 アーネスの声につられて、ダイアーも小さく吹き出してしまったようだ。

 静かに笑い声が上がって、ダイアーは口を抑えている。


「はははっ、こりゃ、今のうちにレーダと沢山関わっておかないとな」

「それはもう、俺だって今の言葉を曲げさせないようにしないと」


 笑い声の混じった、微笑ましい会話。

 まあ、いろいろあったけど……これで大団円ってことでいいのかな?


「はははははっ……は、はは?」


 あれ? なんか両手に力が伝わってくるぞ?

 なんか両手って言うか、両手首を掴まれている気がするぞ?

 なんならちょっと引っ張られてないか?

 あれ? あれ? なんかおかしくないか?


「アーネス君。繰り返すけど、娘は渡さないよ?」

「ええ、今はそれでいいです。今はね」


 あっ! やべぇ!

 この人たち、目が笑ってないぞ!

 うちのパパもアーネスも、すごい怖い笑い方してるぞ!


「ふむ、今じゃなくなったら、どうなるんだい?」

「それは、誰にもわからないことですから」


 ……ひょっとして俺、やらかしたか?

 火をつけてはいけない何かに火をつけたのか?


「えーと、そろそろ行かないと馬車が……」

「そうだね、ほらいこうかレーダ」

「行くぞレーダ」

「痛い痛い千切れるかも」


 いや、並んで歩くだけなのに千切れそうになるのおかしいだろ。

 誰か、誰か助けてくれ。

 許してくれ、こんなわちゃわちゃした結末にするつもりはなかったんだ!


 リーラント! 今頃自分の部屋で始末書を書かされているであろうリーラント!


 頼む! これから三年間こいつらの仲裁しててくれ!!


「リ、リーラントぉ……」



***


「うう……今月分の給料が天引きされてしまったのじゃ……」


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