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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第三章「四歳の夏」
43/105

43 学園


 出店から頑強な石造りまで。

 様々な建物が立ち並ぶ街並みを眺めながら、大通りを進む。

 アーネスと、俺と、護衛さんの3人で、ただひたすらに歩き続ける。


 道を行き交う人々や馬車。

 どこに通じているかもわからない小道。

 木箱、樽、籠に入った果物。


 我ながら、どんな街にもあてはめられてしまいそうな風景の捉え方しかできていないと思う。

 普段の俺なら、もっと色んなことに気付けたのだろうか。

 いかにもヨーロッパ風で、ファンタジーな街並みに、感動できていたのだろうか。

 そう考えると、嫌になってくるな。


「大丈夫か?」

「……うん」


 きっと、大丈夫ではないんだろう。

 落ち込みのひどい時期は抜けたと思うけど、ずっと緩やかに気分が落ちている。

 せっかくアーネスが案内してくれているのに、何にも感動できていない気がする。


「……見せたい場所があるんだ」

「え?」


 見せたい場所?

 俺は王都についてはさっぱりだけど、アーネスは詳しいんだろうか。

 有名な観光名所とか、そういうのでもあるのか?


「俺も、見たことあるわけじゃないんだけど」


 続いた言葉から察するに、やっぱり何か特別な場所らしい。なんだろうか。

 すごく綺麗な何かだったり、好奇心をそそる何かだったりが現れたとして、俺はちゃんとリアクションを取れるだろうか。

 正直なところ不安だ。

 彼を信用していないわけではないけど、今の俺は信用できないから。


「この辺りには、大きな学園があるらしい」

「……」


 学園……学校か。

 調子のいい時だったら、ワクワクできたんだろうけどな。

 ちょっと俺には、相性の悪い場所かもしれない。


「……いいね」


 でも、せっかく下調べしてくれたアーネスの厚意を、無下にしたくはないから。

 俺は頑張って笑みを浮かべ、彼に微笑みかけておくことにした。


「楽しみ」


 でも、前を歩く彼はすぐ、行く手に向き直ってしまったから。

 俺の、無理のある笑みが、アーネスに届いたかどうかは、わからない。


***


 それは、大通りの突き当りに位置していた。


 日本にいた時すら、見た覚えがないほどに色とりどりな、レンガで創られた城。

 学園を見た時の、第一印象はそう言い表す他にない。

 桃色、水色、橙色、白色からなる、カラフルな建物が、灰色の城壁に囲まれて天高くそびえ立っている。


 驚くべきはそれだけではない。

 学園周辺を取り巻く活気が異常なのだ。

 出店の量や、人々の交通量、この空間全域を覆いつくす喧騒まで。

 正直なところ、その全てが大通りを凌駕しているようにも思えてならない。

 

「すごいな……!」


 すごいだろ。と言わないのは、アーネスにとってもこの光景が初見であるからだろう。

 そりゃそうだ、落ち込んだ気分に浸っていた俺だってすごいと思ってしまう。

 感動しなかったと言えば嘘になるほど、心を動かされてしまっている。


「これだけ人が多いと、はぐれちゃうかもしれないな」

「そうだね……」


 アーネスの言葉を、素直に肯定してしまう。

 だって、通りを進む人の量がはっきり言って異常なのだ。

 学園の正門らしき場所は開かれているようだけれど、本当に立ち入れるのかどうかなんて、俺の身長じゃ覗けやしない。

 この分だと、護衛の人でも厳しいんじゃないか?


「だからその……はぐれないようにしたほうがよくないか?」

「え? うん、そうだね」


 本当にその通りだと思うが、なんだろう。

 アーネスは何かを言い淀んでいる様子だ。

 何か言いづらいことでも……あ、ひょっとして。


「手、繋ぐ?」

「そうしよう!」


 俺が呟いた瞬間、アーネスは元気よく答えて俺の手を取った。

 なるほどな。これくらい聞かなくてもいいのに、気を遣ってくれていたんだろうか?

 かわいいやつめ。


「ふふ、ありがとう」

「えっ、何が?」

「いーや、何も?」


 実際、何でもない。

 こっちが勝手になごんでしまっただけだ。

 この分なら、新鮮な気持ちで王都を観光できるかもしれないな。

 てことは、最初はこの学園からだろうか?

 でもそうなると、ちょっと気になることがあるな。


「ねえ、アーネス」

「うん? なんだ?」

「この学園って、勝手に立ち入っていいものなの?」


 俺がそういうと、アーネスは微妙な顔をしてしまった。

 あー、ひょっとして。

 よく調べて来なかったパターンだろうか。

 いやでも、それもしょうがないか。

 ぶっちゃけ俺は、この光景が見られただけでも満足だし……


「よくわからないけど、いいらしい」

「え? なんて?」

「だから、よくわからないけど、俺たちは立ち入っていいらしいんだ」


 それは……よくわからないな?

 多分、普通なら立ち入るのに許可が必要ってことなんだろうけど。

 誰かから入っていいって言われたとかか?


「その……ここの先生が、俺たちに会いたいらしい」

「え、ええ?」


 ここの先生が……?

 あーひょっとして、ダイアーの知り合いが招いてくれたとかだったんだろうか。

 まあ、聞いてる限りそれっぽいな。

 うちのパパ、結構顔広そうだし。


「……」

「ん、どうした?」


 もしそうだとしたら、ダイアーも一緒に来てくれたら良かったのに。

 まあ、仕事があるならしょうがないと思うけど。

 どうせなら、パパとも一緒に観光したかったな。


「ううん、そういうことなら、先に進もう」


***


「ここで待っていろって……言われたんだけどな?」

「……本当に?」


 俺たちは今、非常に居心地の悪い思いをしている。

 例えるなら、授業の教室を間違えたのに、退室するタイミングを見失ったときみたいな……


 うん、ていうかまさにそんな感じだ。

 少人数教室の部屋の中で。他の受講生っぽい人たちがいっぱいいる中で。

 俺たちはその片隅に着席している。

 木製の横長机に、俺、アーネス、護衛さんの順で着席してしまっている。


「なあ……あれ子供だよな?」

「見た感じ、教室間違えたってわけでもなさそう……?」


 うん。流石に目立ってしまっているな。

 そりゃそうだろう。俺はまだ4歳だし、アーネスだって幼すぎる。

 周りの人たちは……見たところ、高校生か、大学生くらいに見えるし。

 俺たちは場違いにも程がある。


「ていうかあいつ……誰だ?」

「怪しすぎるだろ……大丈夫か?」


 なんなら全身真っ黒の護衛さんが一番場違いかもしれない。

 何故なら、この部屋にいる学生たちはもっと華やかな服装をしているのだから。

 まあ簡単に言うなら制服だ。

 白と、何かしらの色を基調とした統一感ある服装に揃えられている

 着崩したり、上着の有り無しだったりはあるけど、少なくとも歴戦のアサシンみたいな恰好をしているやつはいない。


「来るならはやくきてくれ……」

「……ほんとだね」


 アーネスが俺以上に緊張してくれているからなんとかなっているが、はっきり言って俺も長くは耐えられそうにない。

 教室で待ってろって言われたってことは、呼び出したのは学校関係者なんだろうけど……

 頼む、早く姿を表して、この微妙な空気をぶち壊してくれ……!


「おまたせしたのう!」

「え?」


 そんなことを考えていたら、突然。

 はきはきと元気で、大きな声が。

 聞き覚えのある声が、教室の外から聞こえた。


「本日はゲストを呼んでおるから、少々居心地が悪かったかもしれぬな」


 コツコツと響く靴の音。

 それに続いて現れたのは、華やかで幻想的なドレスに身を包んだ。

 美麗で、長身で、若草色の髪をした、一人の女性。


「待たせたてしまって申し訳ない」


 見覚えはないのに、どこか親しさを感じてしまう容貌。

 そんな彼女から聞こえる、つい最近聞いた声。

 おそらく、彼女は教師なのだろうが……ひょっとして。


「改めて、わしが本学期からこの授業を担当する――」


 ああ、やっぱり。

 そう言えば、あれは分体だって話だったもんな。


「リーラントというものじゃ。改めて、よろしくの」


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