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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第三章「四歳の夏」
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36 妖精神の眷属たる

 今日は本当に、いろいろある日だ。

 俺は今、レーダと別れて、波打ち際に目を凝らしながら進んでいる。

 経緯を説明するのは、そう難しくない。


「この海岸沿いのどこかに、青くて、不思議で、カッコイイお洋服が隠されているんだ! 試練の内容は、そのお洋服をガーディアンから奪い取ることさ!」


 わかりやすいことだと思うけど、同時にそれがこの海岸のどこかに、魔物が潜んでいることを意味していることくらい、俺にもわかる。

 具体的に、何がいるのかはわからないけど、動物や妖精といった単純な言い方をしていない時点で、ろくでもない何かなのは確かだ。

 だったらなおさら、分担行動しないほうがいいような気もするが……残念ながら、そう言うわけにもいかない。


「今日は霧が濃いからねーあんまり時間をかけるのはおススメしないよ?」


 彼が言ったのはそれだけだったが、つまり、時間は無制限ではないということだ。

 俺は夜目が利くからいいけど、レーダの方は月明かりがなくなる朝方までに、家に返してあげたい。

 そういうわけで、海に向かって右と左で二手に別れて探そうとなったわけだ。

 俺も一日活動したせいで、そこそこ眠いしな。


「おぬし、アーネスといったな」

「あんたはリーラント……さん、だよな」


 そうだ、分担行動といった通り今、俺の隣にはリーラントという妖精がいる。

 俺の少し前方。俺より少し海側を、ふよふよと飛びながら進んでいる。

 見た目はちっちゃな女の子だけど、喋り方的には随分大人っぽい人だ。

 ダイアーさんの知り合いらしいから、結構なお年なのかもしれない。


「さんはいらん、口調も砕けたものでよいぞ。わしはただおぬしと仲良くなりたいだけじゃ」

「そ、そうか……」

「水も苦手なのじゃろう? 海の方を探すのは任せておけ」

「おう……」


 なんだ……随分優しいな。

 妖精っていうと偏屈だったり、意地悪だったりするイメージだったけどこの人はそうでもないらしい。

 というか、酔っぱらってたのに俺が溺れたの覚えてるのかよ……

 まあ、真面目な時は真面目っぽいし、案外抜けてない人なのかもしれないな。


「なあ、リーラントさん」

「なんじゃ?」


 だったら……この人になら、聞いてもいいかもしれない。


「教えてくれ。妖精歌を使えない俺が、強くなるにはどうすればいい」

「ふむ……」


 俺が妖精歌を使えないのはわかった。

 だけど、他の手段で強くなれる可能性はあるんじゃないか?

 それこそ、俺に祝福とやらを授けやがった、夜神とかいうやつの力を借りれば。


「何のために?」

「え?」

「何のために強くなりたいのかと聞いておる」


 リーラントの返事は、答えではなかった。

 質問に対する質問。

 その声色は、かなり真剣で、確かな威圧感が伝わってくる。

 下手な返しはできないけど、もともとそのつもりもない。


「俺は……レーダに恩がある。そばにいるだけで、その恩を返せるとは思わない」

「……それで?」

「彼女はかわいくて……はっきり言って、不用心だ。俺みたいなやつと、仲良くなろうとするくらいには」

「……」


 俺はレーダがいなければ、どんな道へ向かうことになっていたかわからない。

 犯罪者か、乞食か、屍か。

 そんな選択肢しかなかった俺に、陽の光の差す道を与えてくれたのは彼女だ。


「そんな彼女に、何かがあった時、せめて守れるくらいの力が欲しい。そのためなら……夜の神とかいうやつの力だって、利用できるようになってみせたいんだ」


 これが、紛れもない俺の本心だ。

 いたずらっぽくて、かわいくて、お節介で、優しい。

 そんな彼女を、いつかは守れるくらいになりたい。


 本当は、今回だって分担行動はしたくなかった。

 だけど、下手にダイアーさんについていけば、足手まといになるのはわかりきっていた。

 だったら、今は我慢して、俺はリーラントに教えを請わなければいけない。

 彼女も教わったという、先生に。


「残念ながら、妖精神の眷属たる、わしから教えられることは何もない」

「っ……」


 だけどまあ……そう上手くはいかないよな。


「と言えば、嘘になる」

「え?」


 ふよふよと浜辺を進むのをやめ、リーラントはこちらに向き直る。

 つられて俺も足を止め、彼女の小さな瞳を、真っ直ぐに見つめてしまう。


「じゃが、黎明神より分断されし夜神は、日神を信奉する国において、邪神とされているのも事実じゃ。無論、その力もタブーじゃな」


 やっぱり、間違いない。

 リーラントは俺の知らない、多くのことを知っている。

 黎明神、太古の神々の一柱。

 名前だけは聞いたことがあったけど、詳しいことはどうしても知れなかった。


「おぬしがネルレイラ王国から出ないつもりなら、それでよい。しかしレーダは……ダイアーの娘はきっと、その限りではない」

「っ……」

「自分のせいで、レーダに危害が加わるかもしれないとなったとき、おぬしは迷わず、彼女から離れられるか?」


 だけど……何の覚悟もなしに、詳しいことを教えてくれるほど、リーラントは甘くないようだ。

 事実、その問いに対して、俺は即答することができなかった。

 今は、レーダが血を吸わせてくれているから、なんとかなっているが……彼女がいなくなったら、俺は誰を求めればいい?

 そう思ってしまう時点で、結局は自分が一番なのか?


「……ふふ、すまんな。おぬしがあまりに思慮深いもので、ついからかってしまった」

「……すいません」

「謝ることなど何もない。子供のうちから考えすぎていては、楽しめるものも楽しめんからの」

「……そうですか」


 事実、俺はまだまだ子供だし、同年代に比べて、頭が回る自覚もある。

 レーダも似ているから忘れそうになるけど、はっきり言って、俺は考え過ぎなのだろう。


「おぬしはまだ子供じゃ。今のうちに、レーダと沢山遊んでおけ。その経験が、思い出が、未来のおぬしを強くする」

「……わかりました」


 リーラントの言葉には、納得できる部分もある。

 事実、彼女との思い出が、俺の決意を強くしている。

 今日の出来事だってそうだ。

 俺のそばで眠る彼女の顔は……きっとこれから何年たっても思い返せるだろう。


 だけど……子供扱いは好きじゃない。


「じゃが……」

「?」


 俺が思い固めていると、ふと、リーラントがつぶやいた。

 なんだろう、まだ言い残したことがあるのだろうか。


「強くなるだけならなにも、妖精歌や、神の力を借りる必要などない」

「え?」


 それって……どういう……? 考えているうちに、リーラントがゆっくりと言葉を続けたと思うと、ふと途中で声が掻き消えた。

 いや、掻き消えたのではない、急に声量が落ちただけだ。

 彼女は口を小さく開きながら、何かを……


 歌のような何かを、呟いている。


「もしおぬしが……本当に、彼女のために強くなりたいと願うのなら……」


 瞬間、リーラントの体が光に包まれる。

 辺りから輝く木の葉が集まったかと思うと、彼女の周りで渦巻いていく。

 そのままそれが、妖精の体を包み込んで……膨張していく。


「王都にいる、わしの元を尋ねるがよい」


 瞬間俺は、確かに目に焼き付けたのだ。

 無数の木の葉が形作った、俺よりも大きな何か。

 羽の突き出す、輝く若草色のドレスを身にまとった、荘厳な女性の容貌を。


「わしは、待っておる」


 だけど直後に、輝く木の葉が辺りに飛び散って。

 そのうち光も失われて、女性の幻影は消えていった。


「さあ、宝探しに集中するぞ。我が若き教え子よ」


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