35 夏の妖精
「それができたらいいんじゃが、季節も季節じゃからな……明日まで分体を維持できるかどうか……」
「分体?」
「ん、ああ。わしの本体は王都におるからの」
驚いた。この全長30cmくらいの体は本体じゃなかったのか。
となると、やっぱり本体はもっとデカいんだろうか。
ていうか、勝手に消滅しちゃうなら、飲み食いする必要なかったんじゃないのか?
いや、むしろ酒で酔わない食べても太らないってなると、いい事でもあるのか?
「こら、なにか失礼なことを考えておるの?」
「あっ、ごめんなさい」
「まあよい。問題は今からどうするかじゃな。自分で言うのもなんじゃが、ワシがいない状態で妖精に関わるのはおススメせんぞ」
「そんなに……」
まあ聞く限り、警戒するに越したことはなさそうだ。
そうなるとますます、今日はやめといた方がいい気もしてきたが……
「……ん? どうした?」
ついアーネスの方を向いてしまったが、ここにはダイアーもいる。
リーラントも含めて、保護者は二人いるわけだし、これより安全な状況は、今後ないかもしれない。
「アーネスは、妖精に会いたい?」
「そりゃまあ……」
うーんだよな。
いっそのこと一年後でも……とは思ったけど子供時代の一年なんて長すぎる。
ましてや、言ってしまえばこの場所だって、いつ海賊の襲撃があるかわからないんだろう?
だったら、今のうちに護身の手段というか、新しい妖精歌を覚えておいた方がいいのかもしれない。
「……よし」
「決めたか?」
「はい。ひとまず、遅くなるまでは妖精を探してみたいと思います」
時間制限を設けて、探すだけ探してみる。
正解がある話でもないと思うけど、これは悪くない選択だろう。
「よく言ったね! キミの選択は正しいよ!」
「ありがとうございます」
リーラントもこう言ってることだし、間違ってはいないはずだ。
「レーダ! そいつから離れるのじゃ!」
「えっ?」
そいつ?
あ、よくよく考えてみたら今の、リーラントの声じゃないか?
考えてみればリーラントに比べると男性的で、いたずらっぽい子供のような声だった。
だったら、今俺が会話したのは一体?
「よっと、ごめんね」
「うおっ?」
考えていたら、体が持ち上がってしまった。
見てみると、ダイアーが俺を抱きかかえている。
しかも、片手だけでだ。
もう片方の腕には、アーネスが抱えられている。
「やだなぁ。そんなに警戒することないじゃないか」
「辺り一面をこんなにしておいてから言うことかの?」
そう言われて、抱えた腕から降ろされたところで気付いた。
話に気を取られた一瞬で、浜辺に霧が満ちている。
数歩先の砂浜も見えないほどの濃霧に包まれて、異様な空間に変容している。
「あれは夏の妖精だね。この時期にもいるもんだな」
声の正体は、これまた体長30cmほどの人影。
それは、水色の髪を伸ばし、青い紳士服に身を包んだ、華奢な少年の姿をしていた。
美しい容貌ではあるが、その美しさが不気味でもある。
「パパ。落ち着いてるけど、大丈夫なの?」
「それはわからない。でも、警戒は僕とリーラントがするよ」
その言葉通り、ダイアーの声色は真剣そのものだ。
だったら、俺も多少なり警戒はするべきだろう。
アーネスも同じことを思っているのか、俺が目を向けると、無言でこちらを見て頷いている。
その瞳に映るのは、妖精への憧れではなく、精一杯の警戒心だ。
「あらあら、本当に警戒されちゃって。でもいいの? そんなに距離を取っているけど、結局はボクと契約したいわけなんでしょ?」
「それはそうですが……」
どうせ妖精に会えたのなら、確かに契約を結びたくはある。
使える妖精歌が増えれば、今後の人生が、多少なり生きやすくはなるだろう。
「だったら話は早いじゃない! ボクの試練を受けていきなよ!」
「歌でも歌えばいいんですか?」
だけど、身の危険があるのなら、話は別。
ダイアーもリーラントもいるとはいえ、大切な人に危害が加わるようなら、俺は迷わず申し出を断るつもりだ。
「嫌だな、そんな子供だましみたいな。そんなわけないじゃないか」
子供だましって……失礼だな。
リーラントの本来の試練だって、歌の披露だったはずなのに。
まあアレは、普通突破できないらしいけど。
「ネルレイラ王との契約にかけて。僕の試練は簡単さ」
さておき、謎の妖精は話を続けるつもりのようだ。
こういうの、聞き入っていいのかどうかはわからないけど、下手にダイアーやリーラントに話を振って、警戒を緩めさせるのも避けたい。
俺が無言で頷いて返答を待っていると、そう時間もかからずに、夏の妖精は口を開いた。
「君たちには今から、宝探しをしてもらう」




