34 邪気なき悪意の塊
あたりも薄暗くなり、光源が直射日光から月明かりに変わり始めたころ。
「それで、結局海で何をするの?」
「おお、そうじゃそうじゃ、忘れておった」
ダイアーの足からはがれ落ちて、目を覚ましたリーラントに聞いてみたら、そんな返答をもらってしまった。
「忘れないでよ……」
「いやすまんすまん。じゃが、おかげで丁度いい時間になったではないか」
「え? どういうこと?」
「ん、ああ。こういう時間の方が、妖精は姿を表しやすいのじゃ」
ほうほうなるほど。
そう言えば当初の目的は、妖精についてもっとよく知ることだったっけ。
話をしたのはつい昼前のことのはずなのに、何故か忘れてしまっていた。
俺の記憶力は信用しないほうがいいかもしれないな。
「えーと、リーラント? さん?」
「お、なんじゃ、赤目のめんこい少年」
「めんこ……いや、俺たちは今から、妖精に会いに行くのか?」
「うむ、その通り」
「……そうか」
からかわれながらも、俺に続いて、質問したアーネス。
リーラントがそう返すと、彼はずいっと、その小さな妖精に詰め寄った。
そうして……少し黙り込んでいるようだ。
聞きたいけど、聞きづらいことがある、みたいな感じに。
「なあ、教えてくれ。俺も、妖精と契約できるのか?」
あ、そうか。
もし妖精に会うのなら、ついでにアーネスも契約できるのか。
というか、なんだったらリーラントの試練も受けていいんじゃないか?
春の妖精歌って、使えると何かと便利だし……
「もちろん、試練を突破すれば……と、言いたいところじゃが」
「……うん」
「おぬし、スエラじゃろ。それも、夜神ジャックの祝福を受けた」
「……ああ」
夜神ジャック?
初めて聞く名前だ……と思ったが。
そう言えば、アーネスがスエラになったのは夜の神を信仰する、海賊の襲撃があったからだったっけ。
祝福っていうと……吸血衝動がそれなのか?
そんなものが……祝福?
「ダイアーよ。コット村が襲撃を受けたのは、レーダが生まれた時じゃったな」
「うん、そうだね」
「……この子を、海賊から守れなかったのか」
「……そうだね」
いつの間にか、リーラントの会話相手は、ダイアーに変わっている。
アーネスの方はといえば、少し辛そうに俯いていた。
あんまり、思い出したい話では、ないよな。
「もしかすると、おぬしは知っているのかもしれぬな」
「……うん」
「残念じゃが、夜神の祝福を受けた物が、妖精神の御業を借りることはできぬ」
「っ……!」
あからさまに、ショックを受けた様子のアーネス。
彼の知識の、全てを共有してもらっているわけではない。
でも、妖精なんて、本の中にもよく出てきそうなものだ。
ひょっとしたら、アーネスは少しだけ、妖精との契約に、憧れていたのかもしれない。
「アーネス……」
咄嗟に、背中に手を当ててやると、アーネスは少し、ハッとした表情をした。
そのまま、こちらを向かずに、少し頷く。
どの程度のものかは知らないが……やっぱり彼は少し、落ち込んでいるようだ。
「パパ?」
「いや、大丈夫」
ふと、ダイアーがこちらに、歩み寄ってきているのがわかった。
声をかけようとしたら、そんな返答。
……任せてよさそうだな
「アーネスくん。たとえ、妖精歌が使えなくとも、妖精に会うことは、いい経験になるよ。だから……」
「大丈夫です。別に、帰る気はないので」
というか、ダイアーの言葉も必要なさそうだ。
アーネスは何やら、きりっとした表情になっている。
……やっぱり彼もなかなかの美形だな。
ってうお、こっち向いた。
「レーダ。今から妖精に会うんだろ」
「うん……」
「何かあったら、俺が守ってやるから」
「お、おう……」
あれ? ひょっとしてこの表情、何かしらの覚悟か?
ちょっと返答が崩れてしまったけど、ひょっとして覚悟決めてる表情なのか?
なんだ? え、やっぱり俺、そんなに妖精について知らないの?
「ねえ、リーラント? 妖精ってそんなになんていうか……厳かなものなの?」
「……いや」
試しに聞いてみたらリーラントは少し目を伏せ、流し目でこちらに振り向いた。
小さいながらも、大人びた顔に当てられて、俺の全身に緊張が走る。
「よいかレーダ。妖精というのは、邪気なき悪意の塊じゃ。なめてかかれば、ただではすまぬぞ」
決め台詞のようなリーラントの発言。
いや、いやさ。
わかるよ、そういう趣旨の課外授業だもんな。
でも、でもさ、明らかに物知りな人から、そう言われるとさ……
……怖くないか?
「ねえリーラント、やっぱり今日は帰って座学にしない?」
俺がそんなことを口走ったら、ほかの三人は、ポカーンとした表情になってしまった。
いやでも、それが安全じゃないのか……?




