30 定期的な、二人の習慣
4歳になって、しばらく経った。
アーネスとの関わりは、まだ続いている。
「レーダ。遅いぞ」
「ごめん! ノエルが連れていけってうるさくてさ……」
ノエルは相変わらずやんちゃだが、外に出るにはまだ早い。
今日は、アーネスの買い出しを手伝うため、村を巡ることになっている。
人通りの多い場所に行くから、ノエルを連れて行くのはな。
だからというわけではないが、今日の俺は多少、女の子らしい服装である。
「……そのワンピース、似合ってるな」
「ああ……ありがとう」
アーネスもそのことに気付いたようで、褒め言葉をもらってしまった。
まあそりゃ、レーダちゃんは美少女だからな。
白無地のワンピースだって似合うだろう。
でもなアーネス、まだまだ甘いぞ。
女の子をやって4年目の身として言わせてもらうなら、真に褒めるべきはこの夏前にふさわしい……
「麦わら帽子とよく合ってる」
……わかってるじゃないか。
フェイントからの一撃とは、なかなかやる。
「……レーダちゃんポイントを10点加点してあげるよ」
「なんだよそれ」
うるせぇな。
返しが思いつかなかったんだよ。
それに、こうでもしておちゃらけないと、何かが危うい気がするのだ。
「私を落とすには、まだまだポイント貯めないとダメってこと」
「ぐっ……」
「いや冗談だよ。本気にしないで」
しかしまあ、本当に危ういな……
「さておき、まずは朝市だね」
「そうだな、今日はパンが買いたい」
おお、アーネスもパンが買えるくらいになったか。
ダイアーにお小遣いをねだったのが効いたようだな。
家にフリフリフリルがある時からわかってはいたが、子供一人の生活費を出すくらいは余裕のようだ。
最も、家だけは別にしているけど。
そうでもしないと、いろいろまずそうだからな……
「おお、レーダちゃん! ……と、アーネスくんか」
「おはよう、パン屋さん」
「どうも……」
アーネスは相変わらず、肩身が狭そうだ。
こうして俺が一緒に来てやらないと、モノを売ってくれないこともしばしばらしい。
幸い、ダイアーの名が売れているおかげで、俺の好感度は高めらしく、相殺できてはいるわけだが。
もし俺が男口調のままだったなら、どうなっていたんだろうな。
「えっと……黒パンでいいんだっけ?」
「ああ、黒パンを一週間分だ」
「もう、私に任せないで、自分で言いなよ?」
「ああ……」
そう言えば、俺はいつから一人称を私にしたんだったか。
きっかけを忘れてしまったな。
まあ、この方が周囲のウケは良さそうだし、心の一人称は変わってないから、問題ないか。
俺の心は男のままだぜ!
「……買えた」
「おつかれさま。頑張ったね」
アーネスがパン屋さんとの話し合いを終えて、こちらに寄ってきた。
随分苦労していたな。
やっぱり、村の人たちの悪印象を払拭するには時間がかかるか。
まあでも、直接買い出しができるようになっただけ、進歩はしているな。
地道な努力の賜物だろう。
あとは、ミナお母さまが村の人たちに説明してくれたのもあったか。
あれのおかげで、気まずそうに接してくれる人は増えたらしい。
本当に、ママには頭が上がらないよ……
「なあ、レーダ」
「なに?」
「そろそろ……お願いしてもいいか?」
……ミナと言えば。
あの日以降、俺たちは、とある奇妙な習慣を続けている。
ちょっと人に言いづらくて、定期的な、二人の習慣。
そうか、前回はちょうど、一週間前だったか。
まだ買い出し中だが……しかたない。
「……いいよ。家に行こうか」
「……うん」
できる限りの小声で、俺たちは家に向かう。
俺と、ダイアーたちがいる家ではない。
向かうのは、誰の目にも付かない場所。
アーネスの家だ。
***
――ま、だからこれからしばらく、あなたが面倒見てあげないとね
ロゼベリーの薬飴によって、アーネスの吸血衝動を抑え込むことはできなくなった。
だが、ミナによればこうした症例は、前例が無かったわけでもないらしい。
全く未曾有の症状ではないし、実際に人を襲いでもしなければ、敬遠されることもない。
説明すれば理解を示してくれる人も、多いだろうとのことだ。
「……んぅ」
最もそれには……定期的に異性の血を摂取出来るなら、という前提がいるわけだが。
つまり俺は、アーネスに対して定期的に、血を与え続けなければならなくなったわけだ。
頻度はまあ、一週間に1回くらいにとどめてるけどな。
家でやるのは憚られるので、アーネスの家で、正座をする。
俺の膝を枕にして、右手の親指を吸うアーネスを見ながら、彼の赤髪を撫でる。
一年間、いろいろ試しては見たけれど、結局これが一番やりやすく感じる。
「んぁ……レーダ、大丈夫か?」
考え事をしていたら、アーネスが心配して、吸うのをやめてしまった。
撫でるリズムが乱れでもしたのだろうか。
「大丈夫だよ。満足した?」
こちらとしては、そうやってこちらを向かれる方が、何らかの破壊力が増してしまうので、やめていただきたい。
とは言っても、一週間ぶりだ。
これで終わりはしないんだろうな。
「いや、もう少しだけ……続けさせてくれ」
「わかった、いいよ」
そうやって、目線を外して親指を吸うアーネスを眺めていると、謎の衝動に襲われそうになる。
最も、その衝動の正体はわからないし、わかるつもりもないわけだが。
「…………」
親指に響く吸引感。微かな痛み。
元々、触覚器官の一部だからだろうか。
最近では、これが妙に、心地よくなってきてしまった。
あまり意識はしないようにしているが……まあぶっちゃけ、妙な気持ちになってくる。
正体を突き止めないようにはしているが、変な気分になってくる。
「うーん……」
だから俺はアーネスの頭を撫でて、心を鎮めるようにはしているわけだが……
「やっぱりこれ、だめじゃないかなぁ……」




