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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第二章「赤目のスエラ」
28/105

28 膝枕の時間だよ!


 死んだ両親のことは、よく覚えている。

 家が、雑貨屋が、両親の残した物が、まるまる全て残っていたこともあるけど、それ以上に、記憶が脳に焼き付いている。


 父さんはいつもメガネをかけていて、文字は良いぞ、本を読めるようになりなさいと言っていた。

 厳格なわけじゃなかったし、滅多に怒ることもなかったし、ちょっと抜けているところもあったけれど、尊敬できる人だった。

 父さんの書斎を初めて見たときは、その本の多さに圧倒された。

 いつか、元々は首都で商家の会計係をやっていたと聞いた。

 どうして、こんな人が、こんな村に居着いているのだろうと思った。


 その理由が母さんにあると気付いたのは、二人が居なくなる直前のことだった。

 ある日、母さんの収納箱のうち一つが、開けっ放しになっていた。

 収納箱の中には、何通もの手紙が入っていて、その全てに、母さんの名前と、父さんの名前が記されていた。

 難しくて、読めない文字がいくつもあったけど、読み取れる部分だけでも、内容がわかった。

 それは、父さんから母さんに向けた、ラブレターだった。


 母さんは美人で、ふわふわした雰囲気をまとっていて、悪く言えば、適当な人だった。

 色々なことに興味を持っては、変なものを仕入れてきて、飽きたら雑貨屋に並べて売るような人だった。

 好奇心旺盛で、元気な人だった。

 父さんはそんな母さんの自由さに惹かれて、わざわざ会計係を辞めてまで、何年もかけてアプローチしたらしかった。


 憧れた。

 俺は、冒険譚も嫌いではなかったけれど、特にラブロマンスが好きだった。

 仲睦まじい両親を、いつもそばで見ていたせいだろうか。

 二歳の時点で、将来は、両親のような家庭を持ちたいとさえ思っていた。


 そのせいだろうか。

 父さんが、母さんを守って死んだと聞いた時。

 母さんが、父さんの傍で死んだと聞いた時。

 あまりに完璧な結末を、二人が迎えたと知ったとき。


 酷く胸が締め付けられた。


 きっと、二人の物語の中で、俺は脇役に過ぎなくて。

 村の異変を共に探る仲間ではなく、屋根裏に置いて行かれるような、お荷物に過ぎなくて。

 俺の存在はきっと、二人の結末を悲劇的に彩る、スパイスに過ぎなかったのだと気付いた。


 二人の遺体は、損傷が激しく、発見にも時間がかかったから、蘇生は行われなかったらしい。

 俺が蘇生を受けられたのは、俺の体がまだまだ幼く、例えグールになったとしても、簡単に鎮圧できるから……だったそうだ。

 結果として、俺は一人になった。

 しばらくは治療院の人が日替わりで面倒を見てくれたけど、例の事件以降、それもなくなった。


 例の事件。

 あの女の子には悪いことをしたと思う。

 俺がしでかしたことは大人から聞けたが、その必要もなかった。


 だって、俺はその時の感覚を、完全に覚えていたから。

 愛しい人の血を吸いたいと思うのが、正常だと思っていたから。

 だから、俺は二回目も、三回目も同じことをした。

 それが異常だと気が付いたのは、その女の子からある言葉をぶつけられた時だった。


「やめて! この吸血鬼!」


 意味が分からなかった。

 吸血鬼なんて存在は知らなかったし、何がいけないのかも、分からなかった。

 何故、最初のうちは仲良くしてくれていた女の子が、俺を拒絶するのかわからなかった。


 でも、その言葉で、村中に噂が経って。

 治療院の人達が、面倒を見てくれなくなって。

 おかしいと思って、夜、治療院に忍び込んで。

 文献を漁って、本を読んで、記述を見つけて。


 スエラ化の影響について、

 両親が死んだ襲撃について、

 夜の神の眷属について調べて。

 確かめて、読み取って、嘘だと信じたくても、現にそう書いてあって。


 俺の魂が半分、吸血鬼に浸食されていることを知った。

 おそらく、例の襲撃で死んだ吸血鬼の魂が、俺の肉体に入り込んでしまったのだと、仮説を立てるしかなかった。


 吸血鬼の主食は、人間の女性の生き血だそうだ。

 血を吸わなければ生きていけず、中でも特に、愛する人の血を好むらしかった。

 俺は、普通の食事でも生きていけたから、前者には当てはまらなかった。

 でも、あの女の子を前にすると、気持ちを抑えることができなくなった。

 あの日、はっきり拒絶されるその瞬間まで、俺は本気で彼女の血を飲みたいと思っていた。

 それが悪いことだとは、思っていなかった。


 俺が、そんなことを調べている間に、女の子は街の方へ引っ越していたらしい。

 そうして、俺は一人になった。

 悪い噂も広まったようで、村からも孤立した。

 治療院の配給に行けば、これ見よがしに聖印を見せられるようになった。


 飢え死にしたくなくて、両親の残した資産を数えて、あと何日生きられるか数えた。

 金庫を開けて、覚えたての算数でお金を数えて。

 雑貨屋の品を、父さんの遺品を売ろうとして、安値で買いたたかれて。

 おかしいだろって訴えても、冷たい目を向けられて。

 売った品も、返してもらえなくて。



 あと一月で、俺は飢え死にするはずだった。



 いっそのこと、自分で命を終わらせてしまおうかと思って、怖くてやめた。

 本当に女の子の生き血をすすりに行ってしまおうかと思って、良心が止めた。

 それでもなんとか生きる手段を考えて、考えて、考えて。

 街まで行って、治療院の本を盗んで売り飛ばすのが一番マシに思えてしまった。


 結局人に迷惑をかけなきゃいけない自分が情けなかった。

 死にたかった。惨めだった。

 もう俺は、両親のような将来にたどり着けないと思うと悲しかった。




 だから、




 暖かいシチューを与えてくれる友達が、

 自分から血を飲ませてくれる女の子が現れるなんて、思いもしなかった。



***



 ちゅうちゅうと音を立てながら、アーネスが泣いている。

 正座をする俺の前で、膝をつきながら、俺の右腕を抱えている。

 親指を咥えこんで吸いながら、ボロボロと大粒の涙を流している。 


 もう随分長い間、この奇妙な時間は続いている。

 きっともう、言葉は必要ないのだろうと思う。


「…………」


 でも、でもさ。

 やっぱり、考えちゃうじゃん。

 勢いでやった行動だけど、気づいちゃうじゃん。


 男の子が、幼女の親指ずっと吸ってるって絵面が完成してるじゃん?

 しかも、ちゅうちゅう音立てちゃってるじゃん?

 しかも、この親指、俺が直接嚙み切ったってことは、間接キスじゃん?


 いや、何がとは言わないけどさ。

 この絵面、ダメじゃね?

 何かしらの法律に抵触するんじゃね?


「……アーネス」


 耐えられなくなって、声をかけてみたんだ。

 そうするとな、アーネスがこっちを向くわけだ。

 親指を吸ったままで、潤んだ赤目がこっちを向くわけだ。


「らに? れーら」


 

 あー…………


 

 終わりだ。

 ろれつの回らない上目遣いの完成だ。

 俺の中のなにかが終わりだ。


「……その体勢だとつらいでしょ? ひざ、枕にして横になりなよ」


 もう、ここまで来たらもう吹っ切れちまおうぜ!

 というわけで、膝枕の時間だよ!


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