26 階を隔て
「お邪魔しま……す……」
声を張った方がいいのか、静かにした方がいいのか。
よくわからなくなって、微妙な声量になってしまった。
入ってすぐの場所は、案外明るい。
元々、雑貨屋だって言ってたし、光が入りやすい作りになっているのかもしれない。
「結構、綺麗にしてるんだな……」
外観は不気味だったが、中は案外整っている。
物が散乱しているようなこともないし、蜘蛛の巣が張られていたり、床にネズミが走っていたりするようなこともない。
しかしながら、生活感があるわけでもない。
「時間が止まってるみたいだ……」
雑貨屋だったスペースが、そのまま維持されてるっていうんだろうか。
棚の上にはよくわからない小物が乗ったままだし、子供一人で動かせないような、大きな樽や木箱なんかは、そのまま放置されている。
かと言って、その間に塵やホコリが積もっているわけでもない。
今日はまだ開店前で、今から店を開けるのだと言われても納得してしまいそうだ。
「人の家に無断で踏み込んで楽しいか?」
突然、上の方から声が聞こえる。
一瞬、天の声かなにかかと思ったが、そんなわけはない。
ここは二階建てだし、部屋の隅には上に上る階段が見えているし、そもそも、この声には聞き覚えがある。
「アーネス……」
「その声……お前、レーダかよ」
お互いに、気が付いたようだ。
階を隔て、俺たちは言葉を交わす。
旧知の友ってわけじゃないけど、流石に昨日聞いたばかりの声くらい、覚えている。
「話せて嬉しいよ」
「お世辞はいらない。要件を言え」
随分冷たいな。
まあ、それもしょうがないか。
負い目を感じている相手と、話をするのは苦しいものな。
でも、だからといって、俺の目的は変わらない。
「アーネスと話したい」
「……」
はっきり言って、俺はアーネスのことを何も知らない。
どういう事情を抱えているのかわからないし、いきなり俺に襲い掛かってきた理由もわからない。
それを知ろうにも、俺には知り合いが少ないし、三歳児の体じゃ、取れる手段にも限界がある。
でも、ダイアーやミナから、アーネスのことを聞いて済ませてしまうのは、きっと違う気がする。
「直接話して、アーネスのことを知りたいんだ」
そうして、言葉にしてみれば、俺の考えはまとまった。
俺は誰かの噂話じゃなく、本人の口から、事情を聞きたいんだ。
「……なんでだよ。別に、ほっときゃいいだろ」
「それはできない」
「……なんで」
なんでってそりゃ……なんでだろうな。
たしかによくよく考えてみれば、アーネスと出会ってから、まだ一日しか経っていない。
嵐のような一日だったけど、それでも、一日。
そこまで入れ込む理由は……ないかもしれない。
それこそ、広場の子供たちと、仲良くなればいいのかもしれない。
……でもさ、それは絶対、違うだろ。
「俺は、アーネスと仲良くなりたいんだよ」
「だから、なんで」
なんでだろうな。
イタズラを仕掛けた時、いいリアクションを返してくれるからか?
アーネスの境遇が、可哀想だと思ったからか?
たしかに、それもあるかもしれないな。
この子なら、弱みに付け込んで、友達になれると。
自分のことを特別に思ってくれるかもしれないと、思ったからかもしれない。
でも、それってそんなに、複雑なことなんだろうか?
「アーネスは……友達になろうって言ったら、友達になってくれた」
「それだけか」
「いや……」
きっと、それだけじゃない。
でも、そこまで複雑でもない。
言葉はすぐにはまとまらないけど、何となく、わかっている。
理由を取り繕う必要はない。
「友達になろうって言ったとき、ちょっとだけ照れて、受け入れてくれた」
「……」
「家に泊まって行きなよって言ったり、ご飯を食べていきなよって言った時も、困ってたけど、受け入れてくれた」
「……」
「星空を見ようって言った時も……」
「要するに、都合がいいってことか?」
言葉を遮られて、黙ってしまう。
都合がいい、俺にとって都合がいいから、傍にいたいだけ。
「そうかもしれない」
「……そんなの、ダメだろ」
確かに、褒められたことではないかもしれない。
俺がアーネスに働きかけて、アーネスがそれを受け入れて。
ある意味では、自分の欲求を満たすために、利用しているだけ……
「……それの何が悪いの?」
「は……?」
はたからの視点がなんだっていうんだ。
友達らしさがなんだっていうんだ。
俺がアーネスを家に誘ったり、ご飯を食べさせたり、友達になりたいと伝えたり、夜空を見ようと誘ったりしたのは、そうしたいと思ったからだ。
「俺は、アーネスに受け入れてもらえて嬉しかったから、友達になりたいと思った」
「……だったら、なんだよ」
ああ、やっぱりアーネスは、優しいんだな。
おかげで、自分の中の気持ちに、整理がついた。
後はこの気持ちを、声に載せるだけでいい。
「俺だってアーネスに友達でいたいと思ってほしい」
「……」
「だからちゃんと話して、俺にアーネスのこと、受け入れさせてくれ」
アーネスを受けいれて、友達を続けたい。
それが俺の、素直な気持ちだ。
「……だったら、聞いていけ」
「うん」
もちろん。
もう、君の話を聞く準備はできている。
「俺の秘密を、教えてやる」




