22 夜空の下で
「あ、レーダ」
裏手から小屋の玄関に戻ろうとしたところで、ミナに声をかけられた。
窓に肘を置いて、外を眺めていたようだ。
「ママ、なにしてるの?」
「ああ、星を見てたのよ。今夜は珍しく、雲もないでしょう?」
「ああ」
そういえばそうだ。
夏の始まりということもあって、最近は雨か曇りが続いていたから、言われてみれば珍しい。
どれ、俺もちょっと眺めてみようじゃないか。
「……わあ。ほんとにきれい」
森の中ということもあり、本当に星がよく見える。
小さな星は、日本の都会と比べ物にならないくらい多く、大きな星は、見たことがないほど強く、まばゆい光を放っている。
なるほど、たしかにこれはずっと眺めていたくもなるだろう。
「……ところであなた、アーネス君と仲良くなるために、わざわざ口調を変えたでしょう」
「あ、やっぱりばれてた?」
「もちろん」
できるだけフレンドリーさを意識していたら、中性的な口調になっていた。
生まれ変わる前から、あまり他人と話してこなかったせいだろうか。
話す相手によって、コロコロ口調を変えてしまっているな。
「でも、そのほうが仲良くなりやすいものね。いい事だと思うわ」
「そうなの?」
「ええ、女の子として生きるなら、外見だけじゃなく、言葉でも着飾れるようにならないとね」
「なるほど……」
そう言うと、ミナはまた空の方に目線を向けてしまった。
ここから「私も若いころはね……」と続かないのがミナのすごいところだ。
こちらから聞かなければ、箱入り娘時代のことは教えてくれない。
いつかいいタイミングでインタビューしたいと思わされてしまう。
転生前、秘密が女性を魅力的に見せるって言葉は聞いたことがあるけど、こういうことなのかもしれないな。
「あ、そうだ。アーネスはまだ起きてる?」
「もちろん。なんだったら、呼びましょうか?」
「ううん、自分で呼ぶよ」
家の構造的に、ミナとアーネスは同じ居間にいるはずだ。
ここからでも、声を張れば呼べるだろう。
せっかくだし、少し仕掛けてみるか。
「アーネス! こっちに来てよ!」
窓の横に張り付いて、中から姿が見えないように、声をかける。
フリフリフリルのお披露は、衝撃的なほうがいいだろう。
ミナも俺の意図に気づいたようで、やれやれって感じの顔をしながら、窓からどいてくれた。
「なんだよ。大声出して」
「夜空が綺麗だから、外に出て一緒に見よう!」
「……別に、窓から見れるだろ」
それはそう。
だけど、窓から見るのと、二人並んで見るのとじゃ、風情が違うだろ?
「アーネスと一緒に見たいんだ。きっと、いい思い出になるよ」
「……なんだよそれ」
不満気にも取れる言葉。
でも、その声色は、少し優しい。
苦笑いを含んでいて、楽しげだ。
「ちょっと待ってろ。靴を履いてくる」
アーネスも、なかなかノリがいいな。
よし、だったら俺も、少しサプライズをしてやるか。
玄関からこちらに来る角に張り付いて、アーネスがこちらに来るのを待つ。
「……ほんとに綺麗だ」
少しして、足音と一緒にそんな声が聞こえた。
ちらりと覗き込んでみると、アーネスが空を見上げているのがわかる。
ちゃんと前を向いて歩かないと危ないぞ?
ま、今から無理やり、前を向かせてやるけどな。
「アーネス!」
「え?」
角から飛び出して、両手を広げてポーズを決める。
夏用、三歳児サイズ、ノースリーブのフリフリフリルワンピースと、白い四肢を見せびらかす。
どうだ。なかなかの破壊力だろう?
風呂上がりでツヤを帯びたショートボブの金髪が光って、首筋の白さを引き立てているだろう?
有り余るファンシーさに充てられて、健康的な男児は無事でいられるかな?
「お前……」
アーネスは目を見開いて、俺の全身を眺めている。
顔、服、腕、足、また顔、また服、そして首元。
うーん、視線が手に取るようにわかるな。
女性は視線に敏感って話は聞いた事があるけど、俺もしっかりその能力を習得していたようだ。
「どう? かわいいよね?」
あまりの破壊力に、アーネスは言葉も出ないようだ。
目を見開いて、身体をフルフルと揺らして、固まっている。
ひょっとして、やり過ぎたか?
もしかして、男児の初恋貰っちゃったかぁ~?
「お前、女だったのか?」
「……え?」
あ……え……?
いや、言葉の意味はわかる。
俺の口調は男っぽかったし、髪型もショートボブだったから。
でも、問題はそっちじゃない。
なんだその表情は。
混乱と、呆然と、失望と、悲しみが入り混じったようなその表情は。
その涙目と、半開きの口と、震えと、絶望は。
え? 俺、何か間違えたのか?
「っ……!」
そう思って、俺まで呆然としてしまった直後。
アーネスは俯いたまま、森へ向かって走り出してしまった。




