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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第二章「赤目のスエラ」
20/105

20 胃袋掴み効果

「あ、もうこんな時間」

「ほんとだー!」

「あ、マジだもう夜じゃん」


 暇を持て余して妹と遊んでいたら、日が暮れてしまっていた。

 男の子の方も気付いたようで、本をパタリと閉じている。


「なあ、この本貸してくんねぇか? もっと読みてぇ」

「ダメだよ。俺だって読み返したいからね」

「げ、お前も文字読めんのかよ」

「失礼な! ……あ、いやそれはそうか」


 たしかにこの年齢で文字を読めるのは結構すごいな。

 というか、この子もすごいじゃないか。

 見たところ、この子も俺とそう年齢は変わらないんじゃないか……?


「あ、おにいちゃんやっとしゃべった!」

「うお、なんだこいつ」


 なんて思いながら男の子を眺めていたら、膝元のノエルが立ち上がって言った。

 しかし、人の妹に向かってなんだとはなんだ失礼なやつめ。

 お姉ちゃんが今紹介してやるからな。


「この子は俺の妹だよ。名前はノエル」

「よろしくね!」

「お、おう……そうか……」


 まあ、随分集中していたようだし、いきなり知らないやつが増えてたら困惑もするか。

 今回は許してやろう。

 だがしかし! 本から目を離したということは話ができるということ!

 覚悟しろよ。これからはコミュニケーションの時間だ!


「ところで、君はそろそろ帰らなくていいのかい?」

「あっ」

「え! おにいちゃんかえっちゃうの!?」


 ダイアーの言葉で気付いた。

 冷静に考えるとそうじゃん。

 このくらいの子が、夜になっても家に帰らなくていいわけがない。

 普通の親なら心配するし、なんだったら、夕方を超えた時点でアウトかもしれない。


「……帰ってもどうせ、誰もいねぇよ」

「え? それって……」

「あ! 思い出した!」


 うお、びっくりした。

 ダイアーの上げる大声には慣れていたつもりだったが、やっぱり不意打ちだとダメだな。

 なにか重大なことでも思い出したんだろうか。


「君、ひょっとしてアーネス君じゃないか?」

「え? まあ、そうだけど」

「やっぱり、噂は聞いてたんだ」

「……そうかよ」


 なんだ、ダイアーはこの子のこと知ってたのか。

 でも、口ぶりからして、前に会ったことがあるってわけじゃなさそうだ。

 噂になるほどって、この子一体何者なんだ?


「君は……今も一人で暮らしているのかい?」

「……は?」


 思わず、間の抜けた声を上げてしまう。

 え? でも見た感じ、俺とそんなに背丈変わらないよな?

 だったら、年齢だって5歳も行ってないんじゃないのか?

 アーネスは答えないが、目線を逸らしているところを見るに、ダイアーが言った通りなのか?


「君は……3年前の襲撃で、両親を亡くしているだろう?」


 は……?


「えっと……アーネス?」

「呼び捨てにすんな」


 やっぱり心は開いてくれないか。

 まあいい。問題はそちらではない。


「アーネス……くんはさ、本当に一人で暮らしてるの? 食事も、洗濯も、一人で?」

「……悪いかよ」


 それは、返答と言えるものではないのかもしれない。

 でも俺は、この言葉の意味するところを理解してしまった。

 悔しそうに、歯を食いしばって、眉間にしわを寄せて。

 こんな幼児が、身寄りもなく、一人で暮らし続けていることがわかってしまった。


「悪いに決まってるじゃん!」

「え?」


 一人で暮らすのがどれだけ大変だと思ってるんだ。

 炊事に洗濯、掃除に、朝起きるのだって、誰かがやってくれるのと、一人でやるのとじゃ全然違う。

 何気ない日常を維持するためのことが、全部全部負担になるんだぞ。


 それなのに、頼れる親がいないのがどんなにつらいか。

 死んでしまって、連絡さえ取れなくなるのがどんなにつらいか。

 孤独感に押しつぶされ続けて、冷たい部屋で生きていくのがどんなにつらいか。

 それを……それをこんな幼児が一人でなんて……


「そんなの、放っておけない!」

「は?」


 詳しい事情は知らないが、こんな事態を見逃すことはできない。

 だったら、ちょうどいい。

 俺もそろそろ、試したいと思っていた。


「ねえパパ! ママ呼んできて!」

「え? どうして?」

「夕飯の時間でしょ? 今日の料理、私も手伝うって言ってきて」

「だからどうして……」


 説明しなければわからないか。

 いや、当たり前だ。

 ダイアーはきっと、知らないのだろう。


 俺がミナと過ごしている時間に、何をしているか。

 俺はミナから、女の子としての振る舞いを学んでいる。

 それは、言ってしまえば花嫁修行のようなもの。

 もちろん、こんなクソ生意気な子を、今すぐ貰ってやる気はないが……


「アーネスの分の料理、私が作って食べさせる」

「え、何言ってんだお前……」


 俺がこの子を腹いっぱい食わせてやる。

 クソ生意気な立ち振る舞いを続けているのは、そうでもしないと生きていけなかったからだろう?

 だったら……俺がお前の胃袋、掴んでやろうじゃないか。


「そういうわけで、今晩はここに泊ってもらうから」

「はあ!?」


 そうして、俺に感謝して、俺の友達になるがよい!


***


「ねえ! 美味しいよね?」

「え、ま、まあ美味いけど……」


 夕飯のミルクシチューを夢中で食べていたアーネスに声をかける。

 そうだろうそうだろう。

 なにせ、シチューはまとめて作るものだからな。

 俺が一人分多く作っても、ミナが作った時と味は変わらないはずだ!


「……お前が作ったのか?」

「うん、そうだよ!」


 嘘はついてないぞ!

 ミナお母さまの機転が効いただけだ!

 君のお皿に入ったその野菜は俺が切ったものだからな!


「何で?」

「なんでって……」


 胃袋を掴めば仲良くなれると思ったから。

 なんて、正直に言ったらダメだよなぁ……


「ノエルわかるよ! アーネスのことすきだからでしょ!」

「え、違うけど」

「ちがうの!?」


 何を言い出すんだノエルよ。

 お姉ちゃんは元男だぞ、男に惚れるわけないだろ。


「気持ちわりぃな……何が目的だ?」

「失礼な。俺はただ友達が欲しいだけだよ」

「え」


 えじゃないが。

 最初からそう言って……いや、そういえば俺、一度も言ってないのか?

 あれ? もしかして俺、アーネスと友達になりたいって、伝えてない?


「だったら最初から……そう言えよ」

「え?」


 いきなりアーネスの声が柔らかくなる。

 頭をぽりぽり書いて、俯いて、あからさまに照れている。

 え、もしかして、それだけでよかったのか?


「じゃあ……友達になってくれる?」

「まあ……いいけど……」


 ま、まあ、これはきっと胃袋掴み効果もあってのことだろう。

 なにはともあれ、目的は達成!

 レーダちゃんは見事、一人目の友達をゲットしたぞ!

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