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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第二部:第一章「東の海の海王歌」
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104 自由港エンタープール

 あれからまた数日が経って、いよいよ船を下りる日がやってきた。気のいい船員さんたちの勧めで甲板上へ出てみれば、水平線の先に建ち並ぶ、城壁のようなものが見える。


「あれが自由港……!」

「エンタープールって言うらしいよ。噂には聞いてたけど……すごいね」

「海は嫌いだけど……なかなかほんとにすごい光景だな」


 俺とノエル、そしてアーネスが並んで口々に感想を述べあっていたら、横から来たご機嫌な船長さんたちが、横から補足事項を述べてくれた。


 なんでもこのエンタプールという場所は、この海の周辺が突然魔物の大群で満たされた際、国同士を行き来する貿易船が身を寄せ合うようにして集まった島を中心に、生まれた港であるらしい。


 彼らは魔物の大量発生が落ち着くまでの間、各々の物資を分け合いながら、同じように避難してきた船を所属に関係なく迎え入れ、共に避難所めいた街を作り上げていった。


 しかして魔物の大量発生が思いのほか長く続いてしまったことや、それが落ち着いて以降もすぐ近くの海には魔物たちが居着いてしまったこと、何より、そんな海域の丁度直前にこの港が位置していることが後から発覚してしまったこと等々、様々な要因が重なり合い……


「結果として今では、あんな海上防壁が築けるくらいに、立派な都市になっちまったってわけだ!」


 そう言いつつ、ご機嫌そうにエールジョッキを呷る髭もじゃの男性は、この数年間お世話になりっぱなしな、面倒見の良すぎる人物だ。


「ジエール船長も、ここには何度か来たことがあるんですか?」

「あったりめえよ! この港がまた憎らしいほど丁度いい位置にあるもんで、長旅の休息にピッタリすぎるんだよなぁ……!」

「なるほど……」


 そのまま一口でジョッキを空け、すぐ横の網籠の中にジョッキを投げ入れている船長。彼は航海中こそ良い大人に振る舞ってくれていたが、酒を飲める日になるとすぐにこうやって出来上がる。

 特に、あと少しでどこかの島に停泊できるとなった時には一人で酒樽を三つ空けてしまうような人だったが……


「そういえば……自由港に付いたら、お別れなんですね」

「ん? なんだ嬢ちゃん。ひょっとして寂しいのか?」

「もちろん。二年間も一緒にいたんですから……お別れは寂しいですよ」


 俺が素直にそう伝えたら、新しく酒を注ごうとしていた船長さんが固まってしまった。不思議に思って目を向けたら、彼は俺の方を見て、目をまん丸にしたまま固まっている。

 ……いや、それだけではない。彼はまん丸になったその目のフチから物凄い勢いで涙を流し、その顔をぐしゃぐしゃに濡らし始めている!


「うおおおっ!! おーいおいおいおいなんだよもぉー!」


 先程新しく手に取ったばかりのジョッキを投げ捨て、筋肉質な褐色の腕で豪快に涙をぬぐい始める船長。感情表現の急旋回に俺がひとしきり困惑してみるが、彼の滝のような涙は止まらない!


「えーと、船長さん?」

「まだ十にもなってねぇっていうのに、なんて立派な子なんだよちくしょう……!!」

「あ、ははは……」


 そりゃあ中身は三十超えてますから、なんて言うつもりはないけれど実際のところ、目にかけていた子供にこういったことを言われるのは、大人からすれば嬉しいものなのかもしれない。俺だって同じ立場ならうれしく思うだろうしな。うん。


「これから港の方でつらいことあったらいつでも頼れよぉ……! 世界の果てに居たって全速力で駆けつけるからよぉ……!」

「あ、ありがとうございます……」

「うぉぉおいおいおいおい……!」


 流石に俺も、たった一言でここまで感激してもらえるは思わなかったもので、やっぱりどう反応していいかわからなくなってしまう。

 それでも申し出自体は信じられないほどありがたいものだったし、せめて嘘偽りない感謝の気持ちは伝えておくべきだと思って伝えたら、そのことがますます着火剤になってしまったらしい。


「レーダちゃんはマジでいい子なんだよ……」

「お別れなんて寂しいぜ俺もよぉ!」

「街のやつらが良くしてくれるか心配だ……俺自由港に残ろうかな……」


 そんな風に、船長の涙は周囲の船員さんたちに伝播して、口々に勿体ない言葉がこぼされてしまった。

 流石に俺もこんな状況に陥ったことなんてないもので、慌てて子供組に属する他二人の方に目を向けてみたら……


「「……はぁ」」

「な……なんだよ!」


 そんな風に、アーネスとノエルは打ち合わせたようにピッタリと、揃ったため息を吐き出してきた。

 なんだその「またやってるよ」とでも言いたげな動きは。「少しは振る舞いを考えなよ」とでも言いたげなジト目は。


「お姉ちゃんってほんと人たらしだよね」

「ああ、間違いない」

「そんなことは……ないと思うけど」


 俺は別に、この人たちに気に入られたくなくてそうしてただけっていうか……

 絶対人に嫌われるより、好かれたほうが良いと思ってただけっていうか……

 ダメだ。何を言い訳しても呆れられてしまいそうな気がする。

 第一船員さんたちが感傷に浸ってくれているこの状況で、そんな無粋なことを言う勇気はない。


「ま、今はいいけどさ、世間様には善意に付け込むようなヤツもいるから、気を付けなよ?」


 ……なんとか否定してみせたかったけど、ノエルの瞳の底に宿った、今までの苦労を察してしまうと、何も言い返すことはできなかった。


「まあ……明日から気を付けるよ」

「はいはい」

「ホントに気を付けろよ……?」


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