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今世の俺は長女だから  作者: ビーデシオン
第二部:第一章「東の海の海王歌」
102/105

102 東の海上にて

本日より第二部開始です。

よろしければまた、お付き合いください。


 もし仮に、これから何が起こっても悲観的になったりしない、強靭な精神力を手に入れられたとして。その心が極まった決意や、かけがえのない経験に支えられていたとして。


 それでこれから起こり得る、ありとあらゆる問題に対処できるかどうかなんてわかりやしない。


 運の良いことに、俺は今まで、理不尽な暴力やどうにもならない災厄なんかに襲われたりしそうになっても、身内が守ってくれて居た。


 ダイアーやリーラント、ミナやおばあちゃん、ミモレさんやらトライトさんだってそうだ。俺よりずっと強くて頼りがいのある大人たちに、俺は何度も助けられてきた。


 そのかいあって、元々ガラス細工か飴細工みたいに、脆く貧弱な心の方は……何とかなったように思う。


 それでも心の強さだけじゃ、どうにもならないことだってきっとある。


 ネルレイラの王都の浜辺から見た、船の一団を見た時にそんなことはわかっているつもりだったけど……いざ東の海上へ向けて旅立った今になって、改めて思うのだ。


「せえいっ!」

「ぐえーっ!」


 すっごい今さらだけど、俺って信じられないほど弱いんだって!


「ま、参りました……」


 脇腹に樫の棒の一撃を受けて、少し大袈裟なうめき声を挙げつつ、俺は木製の床に倒れ伏す。

 船長さんが運動代わりにと用意してくれた鍛錬場。その床にすぐさま両手をついて、手元の同じ樫の棒を手放して降伏宣言をする。


「大丈夫か? レーダ」

「だ、大丈夫だよアーネス。ありがとう」


 ご覧の通り、打ち合いの相手はアーネスだ。

 彼だってまだまだ子供であるはずなのに、勘違いでなければ、日に日に動きのキレが増していっている気がする。


「はぁ……このままじゃどうしたってアーネスには勝てそうにないな」

「そうか?」


 床の上に仰向けになって腕を広げ、息を整えつつボヤいたら、上からアーネスが覗き込んできた。

 あの頃に比べれば随分落ち着いたが、それでも明確に目立つやけど跡が、彼の右目周りと口元を痛々しく覆っている。


 それでも今の彼の表情は、前と違ってとても穏やかだ。


「うん……正直今だって、力任せに組み伏せられたら、何の抵抗もできないと思う」

「な!?」


 思えば彼も、ここ数年間で随分成長したよなー。

 流石に感慨深いものがあるなー。

 多分声変わりももうすぐかなー。

 なんて思いつつ、適当に返事を返したら。


「ん?」


 アーネスが妙な表情をしていることに気が付いた。

 目を見開いて口を半開きにして、天窓から差し込む逆光でよく見えないけどなんか赤面しちゃってるな?


「えーっと、アーネス?」


 俺がそうやって尋ねると同時に、部屋の隅の方から笛の音が聞こえた。サッカーでファールかオフサイドした時みたいな、短くキレのある笛音。


「ちょっとお姉ちゃーん! 今のはイエローですよイエロー!」

「ええ、なんで!?」


 勢いよく身を起こし、ずっと部屋の隅で審判を続けてくれていた妹様へ抗議の視線を送ると、彼女は俺よりもっと不機嫌そうな顔でチッチッチと人差し指を振って近づいてきた。


「いいかいお姉ちゃん。子供だからで済まされる時期はもう過ぎたの」

「だって……俺はまだ9歳だろ!?」

「はいその俺っていうのもよくない! 男の子は女の子が時折見せるギャップに死ぬほど弱いんだから!」


 随分な言い様だが、俺だって元男の子だ。彼女の言い分は正直分かる。

 だが、それでも俺の一人称が不安定なのは今に始まった話じゃないし、今更直せって言われても難しいし……


「アーネスは別に気にしないよな? な?」


 このままノエルとじゃれ合っていても仕方がないので、アーネスの方へ助けを求める。起き上がってタタッと駆けて肩を掴んだら、彼にはまた視線を逸らされてしまった。


「……まあ、そうだな」

「なんだよ歯切れ悪いなぁ!」


 第一、俺は最初に怒られた理由だってはっきりわかっちゃいないのに。

 我らがノエル審判に一方的にピピッと笛を鳴らしてきた。


「はーいこれでイエロー2枚! レッドになって退場ですお姉ちゃん!」

「なんでだよ!」

「なんでじゃありません。アーネス君のためにもベンチ外で待機しててください!」

「どういうことだよ……!」


 ああくそっ! ノエルも最近ちゃんと成長してきたから力が強い!

 体格も対して変わらないはずなのにみるみる出口へ押されてしまう!


「アーネス! たすけてー!」


 俺が必死に上げ続けた悲鳴も虚しく、アーネスは荷物をまとめていた方に歩いてそのまま汗拭きタオルを手に取っている。


「……俺は、水を浴びてくる」

「薄情者ー!」


 ノエルに押された俺とノエル、そして水浴びに向かったアーネスは結局同時に鍛錬場を出て二手に分かれる。


「はーいお姉ちゃんは私と一緒に甲板に行きましょうね~」

「えー? ……まあいいけどさ」


 別に何か話したいことがあるなら普通にしてくれればいいんだけどな。

 まあ、せっかくだししばらくノリに付き合ってやるか。


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