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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

花の易 

掲載日:2023/09/08

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、このあたりのコスモスもけっこう散ってしまったか。

 夏咲きのものだろうし、よくもった方かもしれない。ぼちぼち秋咲きへバトンタッチといったところかな。

 花は咲くのも、散るのも、創作のモチーフにしばしば顔を見せるほど、なじみ深いもののひとつ。人が現れるより前から存在している彼らは、地球という土地においては大先輩とみなしていいのではないかな。

 かの先輩たちの働きなくば、私たちはこの地上で生命の営みを続けることも難しく、かの先輩たちを増やす、いわば「たてる」行いが推奨されているような昨今だ。


 多少、極端であったとしても、意識を向けなければ軽視してしまいかねない先輩。

 彼らの張り巡らせる布石、伏線で我々が明らかにしているのは、まだまだ一部だろう。

 以前に私の体験した花に関する話なんだが、聞いてみないかい?



 花占い。君も一度くらいはやったことがあるんじゃないだろうか?

 花びらを一枚一枚むしりながら、「好き・嫌い」とか相反する要素を交互に乗せていき、最後に行き当たったものが、ことの真実であるとみなす占い方だ。

 しかし、実際に「好き・嫌い」とかの二択で行うのは、個人的にはおすすめしないな。終わりに近づいてくると、残りをどうしても数えてしまい、結果が見えてしまう。

 そうやって都合の悪い結果が訪れると分かるや、ぽいっと途中で放り投げ、自分に都合のよい一本を求めて、新しいものを探す。

 首尾よく、そのようなものが見つかれば、もう別のものを求めようとはしないだろう。自分を快くしてくれるものを、ずっと抱きしめていたいからな。



 当時、学生だった私もそのクチだった。

 人生はじめての一目ぼれを経験した私は、久しく行っていなかった花占いで好意の有無を判断しようとしたんだ。

 困ったことに、その相手がテレビ越しのアイドルだったのだから、直接口をきくことはかなわない。こうして遠巻きな占いでもって、結果を抱え込むより方法がなかったんだ。

 

 私たちの間では、なるべく花弁の多いものを使うことがすすめられる。

 ぱっと見ただけで結果が読めてしまうようなもので行うのは、出てくる結果もまた浅い、表面的なものとなってしまうと、考えられていたからだ。

 深く、本当の結果へ近づく確率は、花弁が多ければ多いほど高い。真剣に占うのなら、そのような花を探して臨むべき、とね。


 私なりに真剣に考えてのことだったが、それ以上に、自分の望む通りの結果が欲しかった。

 学校の周りから、家の近辺まで。学区内をめぐって、花弁の多い花を探す。

 コスモスなどでは、まだまだ足りない。ぱっと見で数えられない多さ、ときには二重に花弁をつけているような花も見つけて、私は占いを試みたんだよ。

 しかし、ことごとくが「嫌い」を指し示してしまう。

 花弁が多いうちは、ひとつひとつ剥いでいくのが楽しいものだけど、やはり不都合な結果が見えてしまうと、最後までやり切ることはできなかった。

 

 その日、探し当てるどの花も、最終的には「嫌い」に行き当たったよ。

 こうも結果が変わらないのだから、いさぎよく「嫌い」なのだと決めて、他の自分の行動をただしていくのが、本来の占い的にはスジだったろう。

 しかし、私はとことんあきらめが悪かった。

 たっぷりの花弁を持つ花を使い、そのうえで「好き」という結果を出す。それのみに、心を奪われていたんだ。



 そうして土手の近くまで来たとき、そいつを見つけたんだ。

 表面にツタの這う、プレハブ小屋。その一角の地面へちょこんと花弁を広げる三輪の花を。

 あとで、おそらくラナンキュラスじゃないかと思ったが、このときの私は、来賓の方とかが胸につけそうな花だなあ、くらいの印象しかない。

 そして、いかにも花弁が多そうだなあ、とも。

 判断は早い。

 桃色の花をつける三輪のうち、一輪を手折ると、そのまま土手の向こう側。小屋からは見えない、川よりの斜面に腰を下ろし、むずっと花弁のひとひらに指をかけたんだ。


 花弁全体で渦を巻いているんじゃないか、と思えるほどの多さ、形状。

 そのもっとも外側の花弁をはがしながら、私は頭の中で「好き、嫌い、好き、嫌い……」とつぶやいていく。

 10、20と順調にむしっていき、やがて一番外側の花弁は、残らず足元の草たちの上へ横たわった。

 それでも花全体では、ひと回りサイズが小さくなっただけ。占いの結果は、まだまだ予測不能だ。

 すでに他の花たちで見ているというのに、私も現金なもの。いま目の前にある花によって「好き」がもたらされるか。

 その結実をイメージすると、胸の高鳴りが少しずつ増していくのを感じられたんだ。


 しかし40枚。外周二回り分をむしったあたりで、私は気づく。

「嫌い」と頭の中でつぶやくたび、くらりと軽くめまいがするんだ。

 どうも「好き」の間は、めまいがすっかり失せるようでね。いうなれば、回復と発症が目まぐるしくて、当初はさほど気にしていなかったというか。

 放課後になってから、花探しをしてもう2時間近く。そのうえ、占いのたびにやたら気合を入れて臨んでいたから疲れが出たのかもしれない。

 私はひとまず、花を持ったまま立ち上がろうとする。まだこの場で、結果が判断できないほど花弁は残っていた。

 ひとまず中断し、家でゆっくり続きをやって構わないだろうと、そのときは思ったんだ。



 が、立てない。

 いざ力をこめようとすると、足から尻にかけてまでが一斉に強いしびれを発し、動こうとする指示に対し、ボイコットを始めてしまう。

 手の方もまた、立つのを手伝ってくれない。それどころか花を離すことなく、勝手に手を動かして花弁をむしり出す始末だった。


 ――好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い……。


 頭の中もまた、つぶやきを再開していた。私が、そうしようとは望まないうちに。


 三周目。より小さくなった花に対し、私は身体の勝手に動くまま、占いの続行を余儀なくされる。

 中断を望む意志に反し、行われていくむしり取り。脳内のつぶやきもまた、とどまることを知らない。

「嫌い」のときの症状も、またしかりだ。もはや、めまいどころじゃすまない。

 世界が変わった。

 私の目の前に広がるのは、土手の斜面とグラウンド代わりになる慣らされた地面の河川敷、そこで遊ぶ子供たち。さらに先の河原と川に、そこへかかる鉄橋に……といった見慣れたものじゃない。


 色だ。あれらを構成する色が、「嫌い」のたび、めちゃくちゃに入れ替わる。

 芝が緑で、サッカーボールは黒白、河原の石は白みを帯びたグレーがちで、作られたばかりの鉄橋は、目の覚めるような青さをたたえて……。

 そのような常識がたちどころに崩され、また整えられる。

 黒白の芝、緑のサッカーボール、グレーがちの子供たち、青々とした河原の石、白い橋……。


 このくらいなら、少し時間をおけば慣れるレベルの違和感だったかもだけど、頭の中の「好き、嫌い……」がそれを許してくれない。

 電灯のスイッチを、絶え間なくオンオフする。そのようにして目の前で豹変し続ける世界に処理がついていけず、吐き気を覚えてくるんだ。

 やがて3周目が散る。が、不快感のこみあげる私を無視し、身体はすぐ4周目へ取り掛かってしまう。

 花弁は5周目分まで、存在していたよ。


 4周目は色だけでなく、形さえも入れ替わった。

 サッカーボールの芝、芝を丸めたサッカーボールと子供たち、河原の石も川そのものも金属片へと様変わりし、橋は無数の人のオブジェと化した。

 子供たちの大きさの肉体が、何十、何百……いや、それ以上かもしれない。

 橋であった輪郭にすき間なく詰め込まれ、身じろぎひとつ見せなくて。そこをまた、同じように人をぎゅうぎゅう詰めした車が走っていく……。

 本気で何度かえづいた、はず。なのに、何も口から出てくることはなかったんだ。


 5周目は花の最も内側。おそらく花弁は数えるほどしか残っていない。それを示すかのように、頭の中の勝手なカウントもまた「すーき、きらーい……」と一枚ずつを味わうかのような緩慢さになっている。

 が、私には残り枚数を気にしたり、言うこと聞かない身体に毒づいたりするゆとりはない。

 この周、これまでの異状にくわえ、私を襲うのは臭さ、そして感触だ。


 嫌いに差し掛かるたび、何もないはずの前面から、硫黄のごとき香りが私の身体へ吹き付けてくるんだ。そこに確かな風の強さも混じって。

 追い打ちをかけるのが、髪から肩への「どしゃ降り」。

 嫌いに差し掛かると、どろりと顔から肩にかけて、粘り気のある透明な液体が降り注ぐ。

 硫黄の香りとともに、ろくに動かせない視界の中を、白い湯気たちがしばしば横切っていく。そして髪と肩から、鉄板で肉を焼くときのようなジュウジュウと、あぶくような音が……。


 泣きたいような心地で、何度「嫌いで止まらないでくれ!」と願ったことだろう。

 無数の積み重ねで、うすうす悟っていたよ。

 この占いが「嫌い」で止まるとき、きっと私の世界はこれで固定されてしまうんだって。

 いや、それも長く続くか。目に見えずとも、私の前に広がり、私の頭が置かれているのは、すでに何者かのあぎと

 決まれば最後、ほんの少しの耐え難い激痛ののち、何も感じなくなるかもしれない。永遠に。


 地獄の窯に浸かって数えるような、好きと嫌いの繰り返しだった。

 結果的に、私は「好き」を得て、こうしてここにいる。あれほど心底から安堵したことは、いまに至るまでもない。

 しかし、その日の夜のニュースで、私は件のアイドルの電撃引退を知る。

 理由などは一切公表されず、彼女は再びテレビへ姿を見せることはなかった。雑誌関係では特集も組まれたらしいが、詳しいことは分からない。


 証拠もない、私のただの思い込みだ。

 しかしタイミングがタイミングだけに、私はあの花占いが原因じゃないかと考えてしまう。

 私に「好き」が転がった分、彼女に「嫌い」とその結果が転がり込んだのではないかとね。


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