CAR LOVE LETTER 「Traffic Guardian」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA CROWN Police car(GRS182)>
「前の車、停まりなさい。」
助手席の新米はサイレンを軽く鳴らした後に、マイクに向かって声を発した。
すると前を走る車は驚いた様子で、何度かブレーキを踏んでよろめいた後、ハザードランプを点灯して路肩に停車した。
私は初心者マークをぶら下げた、その車の運転手に歩み寄る。
運転手は、まだ学校出たての様なあどけなさの残る、女の子だった。
「ずいぶんスピード出てたよ。どうしたの。何かあったの。」
私はスピード違反者にはいつもそう聞く。一応は彼らに弁解の機会を与えたいのだ。だからと言って取り締まらない訳ではないが、警察官から頭ごなしに取り締まられるより、自分の都合と警察官の都合を両方突き合わせた方が、お互いにとっていいと思うからだ。
「いや、あのぅ。親が調子悪くなったって言うから、急いでるんです。」と彼女は言う。明らかに嘘だろう。
「何キロ出てたと思うの。それで事故して君まで調子悪くなったらどうするの。さ、免許証持ってパトカーに乗りなさい。」
彼女は渋々私に従う。
「何であたしを捕まえるんですか?他にもスピード出してるやつら一杯いるじゃん。」と、パトカーの後部座席で彼女は不満をぶつけて来た。
「あのね。君はこの道路で105キロも出してたんだよ。他の人よりも飛び抜けて速いの。」
えー、あたしそんなに出してない、と彼女はとぼける。
私はメーターの表示を彼女に見せる。
「ここの制限速度ね、60キロだよ。これ、君のスピード。89キロで止めてあるけど、これ以上計測してたら、君は一発免停だよ。」
証拠を見せると、途端に彼女は大人しくなった。いやらしいやり方だが、分からせる為には必要な手段だ。
彼女は小さくなって、青キップにサインする。本当はこんな事はしたくないんだけれども、やはりこういう辛い思いも、交通安全の為には必要だと思う。
手続きを済ませ、私は彼女を送り出す。
「気を付けて安全運転して、親御さんの看病してね。」
彼女は不満そうな顔をしながらも、「はい。分かりました。」と言い残し、自分の車へ戻った。
「親が調子悪いなんて、嘘ですよ、巡査長。」
パトカーの助手席で新米が口を開く。分かってるよ、そんなこと。
もうお気付きだろうが、私は交通課の警察官だ。今日は新米の研修がてら、パトロールに出かけている。
私はパトロールにはいろいろな意味合いが込められていると考えている。
交通違反の取り締まりは当然ながら、パトカーが走っていると言うことで、道路の流れを抑制して、交通事故を未然に防いだり、更には軽犯罪の抑止にも効果があると考えられるし、上手くやれば地域との交流だって図れる。
しかし今の若い奴らは、パトロールをルーティンワークの一貫としか考えていないと感じる。
パトロールすればいい、取り締まりをすればいい。そんな感じだ。
それじゃあまりにもドライだと思わないかね?
とは言え、市民も現金なものだと思うよ。
いざこざや、何かの事件があった時にには「警察呼ぶぞ!」なんて言って110番して、警察官にトラブルの解決をさせるけれどもさ、ひとたび交通違反で自分が取り締まりを受けたりなんかしたら、「何で俺なんだ」、「何でこんな所に警察が居るんだ」と、文句のオンパレードになるんだよね。
まぁそれは仕方ない事だと思うよ。
刑事さんは悪い奴らから自分を守ってくれる、けれどもパトカーのお巡りは自分を悪い奴として捕まえに来る。ドラマでもそんな描写があるし、市民の方々にはそういう認識があるんだろう。
だから生活安全課や刑事課は味方、交通課は敵。市民にとって警察ってのは、そんな二面性があるのだと思う。
しかし、交通違反って言うのは、これだけ自動車が普及した世の中においては老若男女問わず、誰もが犯しかねないものであり、一つ間違えれば自身が加害者となって多くの命を奪う危険性も在るのだ。
全てのドライバーはそれを強く意識して、ハンドルを握るべきだ。
私だって何から何まで取り締まろうと思っているんじゃない。
少しくらい道路の流れが速くても、危険が無いと判断すれば、その流れを優先するし、速すぎる様であれば、あえて目立つ様にパトカーの赤色灯を回して周囲のスピードを抑えにかかる。
交通安全で大切な事は、取り締まりを強化する事ではなく、交通事故を起こさせない様にする事だと私は思う。
なので取り締まり強化などの交通課のやっている事は、私にとっては本末転倒だと感じる。
だから市民からの視線が敵視になるのではないかとも思うのだ。
さて、一通り街も巡回した。そろそろパトロールも終わりにして、署に戻るとしよう。
しかし交差点で信号待ちをしていると、すごい勢いでスポーツカーが黄色信号を駆け抜けて行った。
これはもう少しだけ、パトロール続行かな。
私は信号を左折し、さっきのスポーツカーを追い掛ける。なかなか姿が見えない。かなり飛ばしている様子だ。
しばらく走ると、数百メートルの所に、さっきのスポーツカーを発見する。
周囲の車を縫い縫い、左車線から追い抜きをかけたり、無理な車線変更をしたり、かなり乱暴な運転だ。
しかもスピードは80キロを超えている。
私はそのスポーツカーの後ろに張り付く。
新米に、「計測しろ。」と手短に指示し、赤色灯を回す。
300メートル、400メートル、一向にスポーツカーのドライバーはこちらに気付かない。
結局1キロと少し追跡した所で、私はサイレンを鳴らすよう、新米に促した。
「前の車、停まりなさい。」
新米は少しあきれて、マイクに向かって声を発した。
スポーツカーのドライバーは、これまた今度は若い男だった。
ガラはいい方ではない。すごい形相でこちらをにらみつけ、「何だよ。」と悪びれずに言い放って来た。
「何をあんなに忙しく走ってたんだい?危ないじゃないか。」
私はいつもの様に理由を問うてみた。
「危なくねぇよ。俺はサーキット走って、レースにも出てテクニック磨いてんだからよ。」と、不機嫌に彼は言った。
その言葉に、いささか私も頭に来て、少し声を荒げて一喝してやった。
「ふざけるな!何がテクニックだ!お前さん、赤色灯回して追跡しているパトカーの存在を1キロ以上も気付かなかったじゃないか!周りの状況も見えない様な奴は、サーキットどころか、車を運転する資格は無い!」
彼は目を丸くして私の一喝に驚いた様子だった。
「免許証を持ってパトカーに乗りなさい。」私の言葉に、これまた渋々と彼は従った。
彼は25キロの速度超過、黄色信号無視を3回、赤信号無視を1回、他の車の通行を妨げる危険運転など、赤い方のキップを切らざるを得なかった。
「マジ勘弁して下さいよ、お巡りさん。」
さっきの勢いはどこに行ったのやら。彼は青い顔をしてペコペコと謝ってきた。
「お前さんな、まだこれで済んでるだけましだぞ。あんな運転してて、もしも歩行者を跳ねてしまったりしたら、お前さんどうするつもりだ?!」
彼は脂汗をたらして黙りこんだ。
きっちり30日間、反省しろよ。私は赤キップを彼に渡した。
彼を送り出してから、また新米は言う。
「巡査長、あんな奴30日免停じゃ甘いですよ。」
そうじゃない。重い罰を与えるのが私達の仕事じゃないんだ。
ふと歩道に目をやると、小学校低学年位の少年二人が、キラキラと目を輝かせてパトカーに熱い視線を送っていた。
「おい、あれ。」
私は新米に、パトカーの外を見るよう促した。新米はいぶかしげに歩道に目をやる。
「あの子達に、敬礼。」
その言葉に、新米は一瞬不思議そうな顔をするが、すぐに理解して、笑顔でパトカーの外に敬礼を送った。
少年達は、わぁ!と声をあげてはしゃぎ、パトカーに手を振って飛び跳ねて駆けていった。
「そうですね。我々の仕事は、こういう事ですね。お前ら、気を付けろよ。」
新米は満足そうに、ミラーに写る少年達を眺めて呟いた。
さあ、今日のパトロールはここまでだな。署に戻って報告書を書かなくては。
私は少し速すぎる国道の流れに、赤色灯を回してパトカーを滑り込ませて行った。




