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第3話

 開始の合図を出した人物──ウィルフィードは、激しい衝撃にもよろめくことなく、歓喜に震えていた。

 まるで神と神の戦いを見ているがごとく、その双眸は輝かしいばかりに揺らめき、熱のこもった視線で戦いの場を見つめる。


(まさかこれほどとはね。やはり無理を言って正解だったかな)


 王家であり、第二王子である彼が見学を申し入れた時、父、つまり王は大反対を唱えた。


 曰く、魔法の効果範囲に入ってしまうのではないか。

 曰く、たとえ効果範囲外でも流れ弾に当たってしまうのではないか。

 曰く、斬撃が飛んできたらどうするんだ。

 曰く、曰く、曰く──


 斬撃が飛ぶかどうかは疑問だったが、とにかく『危ない』の一点張りに、ウィルフィードは辟易としてしまった。


(悪いこと、したかな……)


『見たかった』という理由なだけであれこれ理詰めで反論したことに、いまさら罪悪感を抱いてしまう。

 護衛を増やすだの、今後の訓練の参考にするだの、彼らを信用していないのかだの、侮辱するだのどこにも行けなくなるだの。


(帰ったら、少しは優しくしてあげるとしようか……)


 黙り込んでしまった父の顔を思い浮かべる。『なにもお前自身が行かなくとも』という言葉が全面に出ていた表情だった。

 けっきょく、いつも以上に護衛を連れて行くこと。極力離れて見守ること。絶対に近づかないこと。そういったいくつかの条件付きで許可が降りた。そのせいで護衛の数が一個小隊に近くなってしまったが。


(こうなると、クローゼのためにもきちんと見届けないとね)


 クローゼとは彼の妹の名前である。

 第二王子の妹──すなわち王女も『見たい見たい』とごねていたが、さすがに却下された。

『お父様なんて嫌いです!』と言われた王は、王国の終わりのような顔をしていた。

『録画してくるから』と提案したウィルフィードに、王女は『ウィル兄様!』と抱きつき、話しかけてくる王を無視し続けていた。王はこの世の終わりのような顔をしていた。


 なおもそのあと、『息子が見学するからくれぐれも自重してね』という書状を、ご丁寧に王家の封蝋付きでそれぞれの家に送っていたことを知ったウィルは、たいそうにうんざりとした。


 そんな記憶を振り返りながら、件の護衛をちらりと伺う。

 うめき声を上げて身を起こす者、衝撃に耐えはしたが呆然と立ち尽くす者。レベルの違いを自覚するだけこの中では上級者なのだろう、青ざめて身を震わせる者もいる。三者三様のそのさまを冷たく見つめた。


(あの高みとまでは言わないが……やはり訓練のレベルを上げるよう、指示すべきかな)


 本人らが聞けば、捻れて飛んでいってしまうんじゃないか、とばかりに首を振るようなことを思いつつ、目線をもとに戻す。

 ようやく水蒸気が晴れてきた。それぞれのシルエットから無事であることを確認する。


 と、唐突に水蒸気が晴れた。いや、かき消された。二人が放つオーラによって。


 女性の方はまるで暴風。荒れ狂い渦巻く緑色の風が、彼女から放たれているようにも、纏わりついているようにも見えた。

 対して男の全身からは、ほとばしるほどに光の柱が吹き出している。それは空へ向かい、天を衝くほどだった。


(え、なにこれ……さすがにまずいんじゃないか……? なにが始まるんだ?)


 明らかにこれまでとは異なるその雰囲気に、さしものウィルにも恐怖が宿る。

 なんだか嫌な予感がする。この風景が最期に目にするものとなるような、そんな予感。

 それは生あるものであれば須らく抱くべき感情。

 すなわち、死の恐怖。


 心臓を鷲掴みにされるような、凍らされたかのような感覚に力が入らない。身体にも、精神にも。

 自分はまだ生きているか? もう死んでしまったのではないか?


 王家として生まれ、最高の教育を受け、民を先導する者として厳しく教えられてきた。

 剣を扱えるようにもなった。騎士に混じっての模擬訓練では、命の危険も感じた。

 そんな彼ですらこの様だ。連れてきた護衛だって同様だろう。


「二人とも、今日は見物人がいることを忘れてるんじゃねえか……あとで説教だな」

「わかってはいましたが……まぁ、仕方ありませんね。護りをお願いしても?」

「わかってるよ」


 相変わらず場違いな会話が聞こえる。よかった、どうやら自分はまだ生きているらしい。

 ウィルが克己心を総動員して、なんとか二人を見やる。大変な労力だった。

 どうやら執事の男が何かを唱えているようだった。


 唱え終わると、護衛も含めてウィルたちの周りに、球形の魔法陣が現れた。それはこの場をすっぽりと包むほどに、巨大なものだった。複雑で幾何学的な文字が激しく入り乱れており、よく観察すると、幾重にも折り重なられているように見える。

 広域の積層型魔法陣。明らかに高レベルと思えるようなものだった。


(あの主にしてこの従者か!)


『守護神の双腕』


 ウィルが驚愕するのと同時に男性が呟く。魔法陣がかき消え、黄色の半透明な壁に包まれた。

 おそらく結界だろう。薄いように思えるが、自分らが持つ、どんな攻撃でも破られないほどに強固であることはひと目でわかった。


「この中なら安全ですよ。絶対に外には出ないように。 ……とは言え、出られるようにはしておりませんが」

「格好いいですね、アレフ様」

「だろ? もっと言って! 俺を癒やして!」


 もはや軽口会話は聞こえない。

 護られた。その言葉に安堵して、張り詰めていた力と心を抜く。


 ウィルはその場にへたり込みたくなったが、王家である自分がそんなことできようはずもない。

 いまさらながら護衛がかばうように前に出てきた。その姿をさっきに見せろよお前。全員覚悟しとけよほんま。

 心が安寧だと、そういった軽い愚痴も出てくる。あぁ、生きてるって素晴らしい。


 安全だとわかると、見物するのにも余裕が出てくる。

 あいも変わらずあの二人は、力を練っているかのように、それぞれがオーラを纏っていた。先ほどよりも迸さが増しているようにも思える。結界がなければ心を手放していたかもしれない。


 ウィルは自分の認識が甘かったことを痛感する。

 彼らの力を侮ってはいなかった。それでもまったく足りなかった。最高神の加護を持つと言っても限度はあるだろう。安全な場所からなら危険ではないはず。そう思っていた自分が恨めしい。


 やめておきなさい。やめておいたほうが良いと思うのですが。やめたほうがいいんじゃないですか? やめておくことをおすすめしますよ。

 主従四人はそう言っていた。それを跳ね除けて無理を言った。そのことが身に沁みてわかった。


 これは、王国を滅ぼすことができる存在だ。

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