序章
ここはヒュストリアル国の聖地と呼ばれる町。
聖地に相応しい白で統一された質素なこの町には、毎日信仰者たちが集まって来る。この国を作ったと言われる伝説の『建国の聖女』は、五百年経った今でも国中の人々に敬われ、信仰の対象とされているのだ。そんな聖女を崇める聖地で、信仰者たちが目指すのは、町の中央にそびえ立つ塔である。
国を一望できそうなほど高い白くて大きなその建物こそ、『建国の聖女』を崇める教会・サルバドール教の総本山である。華美な装飾など一切ないが、繭のような独特な形状をしており、町の他の建物とは異質な雰囲気を醸し出している。
国民全員が一生に一度は必ず訪れるその教会は、国の象徴そのものであった。
そんな教会の中に入ると、長くて広い廊下が一直線に続いている。その両壁には建国の聖女の伝説を描いた絵画が飾られている。『建国の聖女』を描いた絵画は数多くあり、この教会では時系列順に並べて飾られている。廊下を通るだけで『建国の聖女』の偉業を学ぶことができる。その中でも一番大きい絵画は、金髪碧眼の聖女が民衆を率いて、建国を宣言している絵であった。
その絵画の前にマヤは一人、立っていた。
聖職者の証である白いポンチョのような服を身にまとっているため、性別が分かりにくいが、彼女は国の最高位である「聖女」として教会に勤めている人物である。
マヤはまるで心の中で祈っているかのように、静かに絵画を見つめていた。
絵画の中の『建国の聖女』の瞳は迷いのない真っ直ぐな目として描かれていた。
ーー今、この国は『建国の聖女』が目指した国なのだろうか。
マヤは思い返していた。
幼いながらも、「聖女」であるマヤは人々のために尽くすと同時に、様々なものを見てきた。
太った商人が黄金の杯を片手に美女を侍らせ、山積みにされた黄金に囲まれて笑っている姿。白い聖職者の服を着たヒョロ長い男が、小太りの男から金を受け取っている場面。そんな司教の後ろにはボロボロの服を来て鎖に繋がれた孤児の子ども達がいるのだ。
マヤが知るだけでも数え切れないほどの愚行が行われてきた。きっと、見えないところにはまだまだ沢山あるのだとすぐにわかる。この腐り切った国に憂いてマヤは眉間に皺を寄せる。
そして、建国の聖女の絵画の前で毎日のように現状に悩み、問いかけているのだ。
ーーどうすれば、この国は良くなるのだろうか。
しかし、絵画はその問いに答えてはくれない。
今の「聖女」はマヤなのだ。
マヤ自身が答えを出さねばならない。
マヤは絵画の前から離れ、歩き始めた。絵画の並んだ廊下の先には、礼拝堂がある。そこは、多くの信仰者達が毎朝足を運んで祈りと感謝を捧げる場所である。その礼拝堂の一番奥の祭壇には、人々を見守るように『建国の聖女』の銅像が立っていた。
今は陽が落ちて、教会の門を閉じているので、礼拝堂にはマヤ一人しかいない。しんと静まり返った礼拝堂で、毎朝人々が手を合わせるのと同じように、マヤも聖女の銅像に祈るように手を合わせた。
そして、ゆっくりと顔をあげ、迷いのない真っ直ぐな目で銅像を見つめた。
「そうだ。人間、滅ぼそう。」
誰もいない、静かな礼拝堂に、聖女の言葉が優しく、響いたのだった。