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ヒロインなあたしと決戦前夜

 明日は待ちに待った断罪パーティーだ。

 全卒業生とその保護者が集まる卒業記念パーティーで大々的にやれないのが残念だけど、その代わりに一か月も早くなったんだ。

 せっかく隠しキャラが出てきたのに、めんどくさいセルセたちの相手をするのも飽き飽きしてきたところだし、ちょうど良かったかもしれない。


 それに、ちゃんと国王陛下も来るって話だし、他の有力貴族も少しは立ち会うんじゃないかしら。だったら充分あいつらを晒してやれる。

 思い切り恥をかいて、みんなに非難されて、ミジメに転落する姿を見られるのが今から楽しみでたまらない。

 大声で笑ってやりたいけど、今はまだ我慢。

 セルセやアッファーリ、アルティストの目があるからね。


 ああでも、こいつらの目を気にしなきゃいけないのも明日まで。

 断罪パーティーが済んだらあのとびっきりキレイなクロードの攻略にかかれるんだ。

 あの柔らかくてキレイな、気持ちの好い声で、どんな甘い言葉を(ささや)いてくれるんだろう。今から胸がドキドキしてもう苦しくなりそう。

 あのオレンジ色の宝石みたいな瞳でじっと見つめられたらと思うと全身が熱く火照ってくる。

 ああ、早く溺愛モードにならないかな。


 とにかく断罪パーティーを完璧にクリアするためにも、月虹亭でアイテムを揃えてばっちり準備しなくっちゃ。


 家まで送るとうるさいみんなを追い返すのも面倒だったので、セルセの馬車でいったん家まで送ってもらって、すぐに月虹亭へと飛んで行った。


 店に入るとババアとクロードが何事か話しこんでいた。

 ババアが楽し気に何か言うのに対して、クロードが嫌そうな顔で仕方なくといった感じに頷いている。

 ババアのくせに、人のものに何を嫌がらせしているんだろう。後できっちり詰めてやらなくちゃ。


 でも、今はそれどころじゃない。


「ねえ、聞いてよ!! 明日ついに断罪パーティーやることになったの!!」


「断罪パーティー? 早すぎるんじゃないかい? いったいどうしたって言うんだい?」


「昨日ヴィゴーレから癒しの力を取り返そうとしたら、なんかいきなりコノシェンツァに殴られたのよ。

 それで、謝罪させるってことで王宮でティーパーティーを開いてくれるんだって。

 悪役令嬢とかも来るから、みんなまとめて断罪するんじゃない?

 これで隠しキャラの攻略に取りかかれるわ」


「隠しキャラ攻略ねぇ……」


 ババアは心の底から嫌そうな顔をしているクロードをしげしげと眺めて馬鹿にしたように言った。

 ふん、二人とも調子に乗っていられるのも今のうちだけよ。すぐに溺愛モードに入ってずっとあっまーい言葉を垂れ流すようになるんだから。


「とにかくそんな訳だから、明日はぜーったいに成功するように、色々とアイテム揃えておこうと思って。

 何かいいものない?」


「そうさねぇ……『月光の蜜』を集めた花から作った香水があるけど。そのパーティーとやらの直前につけると、少しは効果があるかもしれないね」


「いいね、それ!! それからそれから!?」


 あたしはすっかり嬉しくなって、相手がキモいババアだって事も忘れて手を取って先を促した。

 今のあたしは希望にあふれて最っ高にキラキラ輝いてると思う。

 そんなあたしの姿にクロードだって一目惚れするんじゃないかな?


 そう思って彼の方を見やったけど、苦虫をかみつぶしたような不機嫌丸出しの顔で、とてもあたしに惚れてるようには見えない。

 やっぱり断罪パーティーが終わらないと攻略にはかかれないのかな?


 つまんないけど仕方がない。

 これだけのイイ男をゲットするんだから、少しはガマンしなくっちゃね。


「後は……そうさね。

あんたの言う『偽聖女』とかいう奴が邪魔して来たら、これで刺してやるといいよ」


 そう言って透明な宝石みたいなものでできた小さな短剣を渡してきた。


「キレイだけど、こんなので人を刺せるの?」


「大丈夫、これは特別な魔法がかかっているから。少しでも傷をつけられれば、面白い事がおきると思うよ。

 必ず国王とかの偉い人がいる前で使うんだよ」


 なるほど、みんなが見てる前で大恥かかせてやれる特別なマジックアイテムみたいなものなんだろう。もしかして癒しの力を取り返せるとか?


「そんなもんじゃないよ。でもその『偽聖女』は間違いなく破滅させられる」


 それはイイ。


 あいつの本性暴いてやったはずなのに、あいつは取り乱して顔を大きく歪めることなく、澄ました表情を崩さないままだった。ただ少し悲しそうにそっと目を伏せただけ。

 その少しだけ陰った表情がすごく清純に見えて、めちゃくちゃ頭にきた。ほんとは誰よりも汚いビッチのはずなのに。


 コノシェンツァがキレてあたしをぶん殴っても、むしろ奴を止めるだけで、ヴィゴーレは最後まであたしを殴るどころか罵ることはなかった。この期に及んでまだいい子ぶっててマジでむかつく。

 何様のつもりなんだろう。

 あいつに王様の見ている前で思い切り醜態晒させて破滅させられるなんて、最高にイイ気分だ。


「あとは、思わぬ事態がおきて、もう駄目だって時。何もかもリセットしたくなったらこのビンをよく振って投げな。

 それで何もかも終わりにできるから」


「ありがとう、おばあちゃん。あたし、ぜーったいに幸せになるね!!

 最っ高に幸せで、誰よりもキラッキラなヒロインとして、女神様と一つになってみせるよ!!」


 あたしは最高にキラッキラの笑顔でババアにお礼を言ってやった。

 本当はイケメンにしか見せない貴重な美少女の笑顔だけど、大事な断罪パーティーのために大事なアイテムを用意してくれたんだもんね。

 シンデレラの魔法使いみたいなもん。

 最後なんだから、ちょっとだけ感謝してやってもいい。


「それじゃ、明日はクロードにエスコートしてもらうといいよ。どうせ王太子は悪役令嬢を迎えに行かされるはずだから」


 ババアはさらにイイことを思いついてくれた。


「え? どうして僕が……」


 クロードが心の底から嫌そうな顔をしたのがちょっとだけ気になったけど、ババアが何事かを彼の耳元でささやくと、深々とため息をついて了承した。

 どうせ言う事聞くんだから、最初からうだうだ言わずに素直に従っておけばいいのに……顔はいいけど意外に馬鹿なのかな?

 そんなところも可愛いけど。


「わかった。仕方がないから明日は僕がエスコート役を引き受ける。

 午前中はきちんと学校に行ってね。君が帰宅したらすぐに迎えに行くから。

 メイクとヘアメイクは店主がやってくれるそうだから自分でしなくてもいい。

 ドレスと小物類だけすぐ持ち出せるように用意しておいてね」


 何だか目の笑っていない笑顔でため息交じりに言われてちょっと気分が殺がれたけど、こんなイケメンを連れ歩けるんだ。

 みんながうっとり見惚れたり、くやしがって地団太踏んだりするところが見れると思うと、ちょっとだけ頭をよぎったヤダな気分も一瞬で吹き飛んだ。


 明日はセルセに買ってもらったゴールドのキラキラドレスとヴィゴーレに買わせた靴を合わせて、アッファーリとアルティストに買わせたでっかいダイヤのイヤリングとネックレスでばっちり武装して行こう。


 きっとあまりのキラカワっぷりに誰もが言葉を失って、足元にひれ伏すはず。

 ああ、明日が待ち遠しくてたまらないわ。

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