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ヒロインなあたしと断罪ティーパーティー

 お昼休み。あたしは目の前の光景が信じられず、声も出せずに立ち尽くしていた。


 テックスがヴィゴーレをボロクソにやっつけてくれるはずだったのに、実際に手合わせしてみたら、一回目はあっという間に木剣を弾き飛ばされ、二回目は木剣を受け切れずに取り落とす羽目になり。全く相手にならなかった。

 これだけならテックスが弱すぎるってだけなんだけど……


 その後騎士科の生徒がまとめて三人かかっていったのに、三人ともテックスよりもあっさりと戦闘不能にされてしまった。

 もう相手にならないとかそんなレベルじゃない。


 もしかしてヴィゴーレが強すぎるってこと?

 クッソつまんない屁理屈ばっかり言って、小難しそうな本ばっかり読みたがるヴィゴーレが、実はめちゃくちゃ強いなんて。あり得ないよね?

 そう自分に言い聞かせていたんだけど。


 ひたすら上機嫌で弁当を食べていたコノシェンツァが食後のお茶を飲み終わると同時にヴィゴーレも騎士科の連中を片付けて、二人で何事もなかったかのように立ち去ってしまった。

 呆然と見送るしかなかったあたしは、こらえきれないといった風情で爆笑するオッサン騎士の声に我に返る。


「お前らその腕でよくあの白薔薇ちゃんにちょっかいかける気になったな。ダルマチア戦役の英雄だぞ」


「白薔薇……??」


「知らんのか?鮮血の白薔薇。弱冠(じゃっかん)十三歳の時に一人で騎兵一個小隊を撃退した天才……と言われている」


 呆然と呟くテックスにオッサンはしょうがないな、って感じの笑顔で言った。

 でも待って、「言われている」って事は事実と違うって事でしょ?あの偽聖女が手柄を盛ってるんじゃないの?

 そう思ったあたしは甘かったようだ。


「これは機密の問題もあってあまり公にされてないが、あの子がやったのは『撃退』じゃなくて『殲滅』だ。

 後に残されたのは細かな肉片と化した敵兵の遺骸と、鮮血に染まった咲き乱れる白薔薇のみ。あいつは誰一人として生かして逃がさなかった。

 お前ら全員かすり傷一つないのは、あの子がとことん手加減したって事だ。彼に殺意が全くなかったことに感謝するんだな」


 ようやく気が付いた。笑いながら言ったオッサンの目が全く笑っていなかったことに。

 そういえばオッサンは最初からあいつが負ける心配は何一つしていなかた。あいつ自身も繰り返し言っていた。「死なない程度に手加減する」って。

 いっつもヘラヘラしてたのは、大抵の相手は敵にもならないから。その気になればすぐ殺せるから。


 あいつを本気で怒らせたら、あたしも殺されるかもしれない。

 そう思ったら寒気がした。


 それからどうやって教室に戻ったのか覚えてない。

 ただフラフラと機械的に歩いていたあたしはよほどひどい顔色をしていたんだろう。気が付くとセルセがあたしを抱きしめて必死に呼びかけていた。


「エステル、いったいどうしたんだ!? 顔色が真っ青だぞ!!」


 ああ、そうだ。あいつがいくら強くても、セルセにはかなわない。

 だってセルセは王太子だもの。王様の次に権力がある。

 あいつもこの国の貴族であり軍人である以上、セルセには絶対に逆らえないはず。


 そう思ったらとたんに安心して、あたしは思い切り泣いてしまった。

 いつもみたいな可愛くて守りたくなっちゃう女の子になるための涙じゃなくて、本気のギャン泣き。

 顔を涙と鼻水でぐっちゃぐちゃに汚して目も腫れちゃって、みっともないったらありゃしない。


 でも、セルセにはかえってそれが良かったみたいで、優しくあたしをなだめながら、生徒会室に連れて行ってくれた。

 珍しくコノシェンツァがいない生徒会室は静かで、あたしはセルセに昨日からお昼休みにかけてのことを一生懸命説明した。


 ヴィゴーレがあたしの力を奪ったこと。返せと言っても返さなかったこと。

 なぜかコノシェンツァがキレてあたしを二回も殴ったこと。

 テックスが決闘を申し込んでくれたけど、全然相手にならなかったこと。

 ヴィゴーレに殺されるかもしれないと思ったら怖くてたまらなくなったこと。


 セルセは一つ一つ頷きながら真剣に聞いてくれて、ヴィゴーレとコノシェンツァに本気で怒ってくれた。

 必ず厳しい処罰が下るようにしてくれると誓ってくれて、あたしはやっと安心することができた。


 その日はもうあいつらに関わる気になれず、ぼうっとしたまま午後の授業を聞き流していると、ホームルームで先生に学園長室に行くようにと指示された。

 セルセやアッファーリ、アルティストも一緒だ。一体何の話だろう?


 学園長室に行くと、ソファに座るように言われた。

 もちろんあたしはセルセの隣に寄り添って座る。


「クリシュナン嬢、昨日は大変な目に遭ったようだな。

 その事について、スキエンティア家と騎兵第二連隊より連絡があり、明日の午後に王宮にて謝罪の席を設けることとなった。

 アハシュロス公女、パブリカ令嬢も折り入って話したい事があるそうで、彼らと同席する。

 国王陛下も同席されるが、私的な席にする予定だ。

 お前たちは謝罪を受け取る側でもある。気楽に茶でも楽しみながら話を聞いてくれ」


 国王陛下の前で謝罪させるって……これって断罪パーティー!?

 あたしがセルセにお昼に相談したから!?

 思わずセルセを見るが、彼も驚いている。

 それもそうか。いくら王太子でも、お昼に相談して放課後には手筈が整ってるって、さすがにないよね。


 それじゃ一体誰が……? って思って納得した。

 アッファーリもアルティストも驚いてない。二人とも事前に知ってたんだ。

 ということは、昨日あのあと二人が先に帰ったのは、あいつらを断罪する場を作るため。


 二人とも、あたしが卒業記念パーティーで悪役令嬢を詰めたいって言った時にはあまりいい顔をしてなかったんだけど、こういう形できちんと断罪パーティーができるように動いてくれてたんだ。

 あたしは感激のあまり思わず涙が出そうになった。


「アッファーリ、アルティスト……昨日は先に帰っちゃって酷いって思ってたけど、本当はあたしのために必死で動いてくれてたんだね……っ!!

 あたし嬉しいよ!! ありがとう!!」


 二人にまとめて抱きつくと、ぎゅうっと胸を押し当ててあげた。

 せっかく素敵なパーティーをプレゼントしてくれたんだもの、しっかりサービスしてあげなくちゃね。

 二人まとめてだからどさくさに紛れて変なとこ触られる心配もないし、そもそもお互い牽制しあってるのか抱き返しても来ないし、楽勝楽勝。


「明日のパーティーの件、わかりました。しっかり準備して行きますね」


 今日は大サービスよ。

 あたしは学園長にまでとびっきりの笑顔を振りまいてやって、学園長室を後にするのであった。


 さあ、明日はいよいよ断罪パーティー。

 月虹亭によってばっちり準備しなくっちゃ。

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