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ピンク頭とカミングアウト

 唖然としているラハム君をしり目にアハシュロス公女とドゥ令嬢を連れて教室を出る。廊下を足早に歩いて階段に差し掛かる手前で沈黙を保っていた公女が声を上げた。


「一体、どういうことですの?」


 感情を読ませない、平坦な声。

 責めたり詰問するつもりはないんだろうけど、誤解されやすいよね。

 よく見るとアメジストのような瞳がかすかに揺れていて、きっと怖かったんだろうと思う。

 無理もない。いきなり身に覚えのない言いがかりをつけられて、乱暴に腕をつかまれたのだ。

 やはりきちんと事情を説明しておいた方が良いだろう。


「実は先日、クセルクセス殿下から内々に命を受けまして。

 ご相談したい事がありますので、お時間があればパラクセノス先生の研究室にご一緒いただけますか?」


「「……」」


「どうやらパブリカ嬢にも同席していただいた方が良さそうだ。彼女を呼んで来るから、先に研究室に向かっていてくれ」


 アハシュロス公女とドゥ令嬢が困惑したように顔を見合わせていると、一部始終を見ていたコニーがオピニオーネ嬢を呼んで来ると申し出てくれた。

 他の令嬢も同席すると知って安心したのだろう。二人も頷いて同行してくれる。


「今日は三回目だな。いったいどうしたんだ?」


 研究室の戸を叩くと、出迎えてくれた先生が呆れたようにおっしゃった。


「たびたび申し訳ありません。ラハム卿が公女たちをいきなり犯罪者扱いしまして……。

 殿下から承った調査のことも口にしていたので、事情をお話した方がよろしいかと」


「ラハムって……ああ、騎士科の首席か。最近殿下が気に入ってお前の代わりに連れ歩いてる。

 とにかく、今まで撮影した記録球を持ってくるからそちらで座って待っていてくれ。どうせスキエンティアとパブリカ嬢も来るんだろう?」


 先生はしょうがないな、という風情で僕の背中を軽くたたくと、準備室に記録球を取りに向かった。


「はい。ではお二人ともこちらにどうぞ」


 その間に公女とドゥ令嬢を応接セットに案内すると、ティーセットを探し……諦めてフラスコでコーヒーを淹れる。


「すみません。コーヒー鍋(イブリック)が見つからなくて」


「え……ええ、かまわなくてよ」


 カップだけは何とか確保して二人の前に出すと、二人そろっていつもの取り澄ました顔が東方の天涯山に住むと言うスナギツネみたいな珍妙なものになっていたので、ちょっとだけおかしくなった。


「お待たせしました」


「遅くなって申し訳ありません。お話には間に合いまして?」


 ちょうどコニーとオピニオーネ嬢も来たので、みんなで記録球を確認しながら事情をお話しすることにする。


「それでは改めまして。実は半月ほど前にクセルクセス殿下より、クリシュナン令嬢に対するイジメの調査を命じられました。

 具体的な証拠をおさえて加害者を処罰するためだそうで、こちらのスキエンティア令息、パブリカ令嬢の協力を得て今までクリシュナン嬢から訴えのあった場所に記録球を設置して周囲の様子を長時間録画していたんです」


「……わたくしたちが疑われていたんですね」


 気まずさを押し殺し、頭をお仕事モードに切り替えて事実を羅列する。

 公女はすぐに理解したのだろう、少し寂しそうな様子に胸が痛む。


「残念ながら。もっとも、殿下はあくまでイジメ、すなわち傷害や持ち物の窃盗・破損などの不法行為の調査をお命じになったので、お二人の身辺調査はしておりませんが……今日の様子だと、殿下はお二人が犯人と決めつけているようですね」


「しかし、我々が調査を開始して以来、公女がクリシュナン嬢に悪意を向ける……どころかご自分から関わろうとする場面は映っていません。

 唯一の例外が階段から落ちそうになった彼女を助けた時です」


 今日の一件で殿下が彼女をイジメの犯人だと思い込んでいる事はわかりきっているとは言え、気まずさを押し殺して淡々と告げると、コニーが後からフォローしてくれた。


「つまり、調査した限りでは公女とクリシュナン嬢の持ち物を汚損もしくは窃盗した者とは無関係であることがわかっています」


「疑いが晴れてようございました。でも、一体誰が?」


 多少の気まずさを噛みしめながら結論付けると、公女はほっとしたような、しかしどこか諦めたような笑みとともに新たな問いを零す。


 これは……言ってしまって良いのだろうか。少しためらっていると、僕の逡巡を見て取ったパラクセノス先生が口を開いた。


「我々が確認できた範囲では、クリシュナン嬢の持ち物を奪ったり破損した第三者は存在しません。先日の教科書の破損も体操服の紛失も、ドレスの損壊も、全てクリシュナン嬢自身が行ったものです」


「じ……自分で? 何のために?」


 さしものアハシュロス公女も意外だったらしく唖然としている様子だ。


「どうやらクリシュナン嬢は何者かに『自分の幸せのために公女を陥れて排除しなければならない』と思い込まされているようです。

 さらに、クセルクス殿下をはじめ、周囲の人に向精神性のある薬……いわゆる『麻薬』の入った食物を食べさせて、自分に好意を向けさせ操ろうとしているようです。

少なくとも自分が渡された『手作り菓子』には致死量の向精神薬が混入していました」


 僕も情報を補足する。

 公女はさすがにそこまで深刻な話だとは思っていなかったらしく、美しいアメジストパープルの瞳を瞠(みは)るとみるみるうちに顔色を悪くした。


「なんてこと……王族に薬物入りの食べ物を渡して操ろうとするとは、れっきとした反逆罪ですね。背後に近隣諸国や急進派の影はないのですか?」


 さすがはアハシュロス公爵家のご令嬢だ。わずかな情報でもここまで考える。

 いくら諭しても全く理解する気がないエステルやクセルクス殿下と同い年とは思えない。


「今のところは何とも。クリシュナン嬢を直接操っている者の目星はついていますが、他に動いている者がいるかは調査中です。

 これらの事実は近日中にクセルクセス殿下にもご報告しますが、事が事ですので殿下に個人的に口頭で行うという訳にもいかないでしょう。

 もしかすると公女にもご同席をお願いするかもしれません。その節はよろしくお願いします」


「かしこまりました。お仕事ご苦労様です」


 いったん報告が済むと、公女も軽く息をついた。どうやら緊張していたようだ。

 まぁ、さっきのラハム君の勢いを考えると無理もないのだけど。

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