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ピンク頭とお説教

 放課後、早く帰って殿下への報告について上司に相談しようと手早く支度をしていると、おそろしい勢いでラハム令息が政経科の教室にやってきた。


「おい、ポテスタース。お前殿下の命令を何だと思ってるんだ?

 未だにろくな報告もないが、まだあの女の悪行の証拠をつかんでいないのか?殿下はお怒りだぞ」


 しまった、もう少し早めに報告しておくんだったな。

 ラハム君は僕の胸倉を締め上げかねない勢いでせまってきていて、これでは何を言っても聞く耳持たないだろう。


「お言葉ですが、『あの女の悪行』とは誰のどんな行いを指すのですか?

 僕はエステル・クリシュナン男爵令嬢に対して暴行・傷害や所持品の破損および窃盗を行っている人物の調査を命じられましたが、特定の誰かを監視するような命は受けていません」


「同じことだろう!今日もエステルは教科書を破かれたと泣いていたんだぞ」


「そうですか。それでは後ほど記録を確認します」


 今朝はみんな記録球をしかけていたはずだから、今日の出来事なら録画されているだろう。


「何を悠長な!!」


「これは一体何の騒ぎですの?」


 なおも食って掛かって来たラハム君の言葉を遮ったのは凛としてはいるが、やや抑揚に乏しく感情の読みにくい声。

 そちらを見やると案の定、冷ややかな紫の瞳で僕たちをひたと見据え、口角をごく微かに上げた曖昧な表情のアハシュロス公女が立っていた。先日保健室についてきてくれたジェーン・ドゥ子爵令嬢も一緒だ。


「なんだ、取り巻きを連れて捜査妨害か!? ちょうどいい、お前に訊きたい事があるからこっちに来い!!」


 ラハム君がやおらアハシュロス公女の手首をつかんでどこかに引っ張って行こうとしたので、慌てて割って入って彼女を掴んだ手を引きはがす。


「むやみにレディの腕をつかむものではありませんよ、ラハム侯爵令息。

 しかもいきなり『お前』呼ばわりとは、無礼にもほどがある」


「やかましい。犯罪者相手に何が無礼だ」


「証拠もなしに犯罪者呼ばわりするのはそれこそ侮辱罪にあたりますよ。口を慎みなさい」


「口を慎むのはお前の方だろう」


 この人、色々勘違いしているとは思ったってたけど、ここまでひどいとは。

 お説教なんて柄に合わないんだけど、彼だってあと一か月もすると卒業してどこかの騎士団に配置されるんだよね。

 それを考えると今のうちに釘を刺しておいた方が良いかもしれない。


「ラハム侯爵令息、騎士の職務は何だと心得ますか?」


「はぁ?」


「騎士の職分とは何かと訊いています。

答えなさい」


「……な、何をいきなり」


 僕にしては珍しく上から命令口調でぴしゃりと言うと、彼は面食らったように口ごもってしまった。

 狼狽える様子を見るとちょっと気の毒だけど、ここで甘やかしては彼自身のためにならない。頭一つ分は背の高い相手をまっすぐ見据え、冷たい目線と厳しい口調でしっかりと問い詰める。


「ラハム侯爵令息、返答は?」


「だ……だから、騎士というのは王家に忠実に……殿下のお気持ちに沿ってご希望をかなえるのが……」


「君は騎士科で何を学んでいるのかな?

 上官からものを尋ねられたら口ごもってないではっきり答えなさい。それとも私の訊ねた事にまともに答えられませんか?」


「上官……」


 普段の僕とは全く違う態度に周囲の空気が凍り付いているようだ。

 だからあんまりやりたくなかったんだけど……ちゃんと指導する人がいないみたいだから仕方ない。

 それにしても、こんな事にも答えられないとは、この学校の騎士科って一体どうなってるんだろう?


「騎士の本分とは秩序の維持です。

 王家に忠誠を尽くすのは、王家の統治こそが我が国の秩序の根幹にあるからです。

 そして忠誠を尽くすというのは、唯々諾々とどんな言葉にも盲目的に従うものではありません。

 たとえ王族のお言葉であってもこの国の法や秩序を損なうものあればきちんとお諫めするのも我々の職務のうちです」


「な……なんだよそれ……」


「そもそも口の利き方がなってない。私は叙任五年目の正騎士で、国王陛下より士爵を賜っております。

 君は騎士としては見習いですらない駆け出しで、貴族としても継ぐ爵位のないただの侯爵令息にすぎない。

 騎士を目指そうというものが、目上の人間に対してそのような態度でなんとします?」


「そ……それは……」


「国境の警備にあたり外敵に備えるのも、都市の治安を維持するのも、要人の身辺を警護するのも、全てはこの国の秩序を守るため。

 君は何の証拠もなく隣国の王妃の縁者を犯罪者扱いする事で、どのような秩序を守ろうというのかな?」


「う……」


 あちゃ~、これ考えてもみなかったパターンだね、多分。

とりあえず王族に気に入られて、言う事なんでも聞いていたら忠義、って安直に思い込んでるのだろう。

 騎士科でちゃんと教育してないのかな?

 あとひと月あまりで卒業だというのに、このまま騎士団に来られたら現場の僕らが大迷惑だ。


「ラハム侯爵子息、正騎士を目指すなら殿下の権威を嵩に着て女性に無体を強いるものではありませんよ。以後、騎士団の品位を落とすような真似は慎むように。

 殿下へのご報告につきましては私の一存で対処致しかねる事実が出てまいりましたので、近々軍からご連絡申し上げます。今少しお待ちくださるようお伝えください。

 アハシュロス公女、ドゥ子爵令嬢、馬車までお送りしましょう」


 あまり人前で恥をかかせてしまっても後々まずいだろう。

 ラハム君が唖然としている間に立て板に水とばかりに必要な事だけきっぱりと言い切ると、彼が我に返る前にその場を離れた。

 やれやれ、面倒くさいなあ……

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