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ピンク頭と事情聴取

 倉庫街にいた男たちとともに連隊本部に移動する間、エステルはずっとふてくされていた。みんな黙ってキビキビと歩く中、一人でブツブツと何事かに文句を言いながらノロノロ歩いている。


 倉庫街を抜けて商業街に差し掛かると坂が急になってくる。街の南西部に位置するこの界隈は急な坂沿いに庶民向けの小さな店舗と住宅がひしめき合うように立ち並び、連隊本部の裏手の崖下へと至っている。

 そこから崖の南側を迂回するようにして急な坂道をぐるりと上って行くと僕たち第二騎兵連隊の本部に至るのだ。

 崖下まで来たところで、エステルがまた文句を言い出した。


「ああもう、足痛いー。なんであたしがこんな坂を上らなきゃならないのよー」


「もうこのすぐ上だから。もう少しだけがんばって」


 内心うっとうしく思いながらも笑顔で励ますと、案の定恨みがましい目で睨まれた。エサドはかちんと来たようで一瞬だけ表情をこわばらせたが、軽く目配せするとまたいつもの実直な無表情に戻る。


「きゃぁあ!!」


 また歩き始めると、わざとらしい悲鳴とともにエステルがものの見事に転んでいた。ああこれ、絶対わざとだろう。


「いったぁい!!足怪我しちゃった!!もう歩けなぁいっ!!」


 わざとらしく涙ぐんでぎゃあぎゃあ喚いている。ああもう、めんどうくさいな。

 僕は槍斧ハルバードをエサドに預けて彼女のすぐそばにかがむと痛いと主張している足を観察した。どうやら微かに腫れていて、本当に捻ったらしい。演技に失敗したのか本当に転んだのか不明だが。

 湿布を貼って放っておけば明日には完治していそうだが、そんな事を言っても絶対に納得しないだろう。

 面倒なので、ごく軽い治癒魔法をかけて患部だけ痛覚を麻痺させる。

 急に痛みが消えて驚いたのだろう、大きく目を瞠るエステル。何かを言われる前に口許に右手の人差し指を当てて「内緒だよ」のジェスチャーをした。


「大丈夫?もう立てそう?」


 一応声をかけると、座り込んだまま黙っている。

 仕方がないのでしゃがんだまま背を向けて「つかまって」と促した。

 彼女をおぶって立ち上がると、みんな黙って歩き出したのでそのまま連隊本部に帰投する。


「どうしたんだ、こんな大人数で」


 まずは報告をと事務所に入ると、今夜の宿直のカリトンが目を丸くした。

 そりゃそうだろう。いかにも作業員風のがっしりした男を三人と小柄な少女を

引き連れて、ぞろぞろと帰って来たのだ。

 

「うん、港湾地区の巡回中に何だかもめてるみたいだったから。念のためお話を伺うことになったんだ。聴取できるような部屋あるかな?」


「ああ、隣の会議室を使え。今カギ開けて灯りを入れてくるから」


 同僚が会議室を用意してくれたので、一人ずつ順番にお話を伺うことにして、他の人にはこちらの応接セットでお待ちいただくことにした。

 部屋の準備ができるまでの間にとりあえず名前と住所、勤務先だけでも伺っておくことにする。


 男たちは僕が考えたように普通の港湾作業員らしい。詳しい話は個別に伺うとお伝えしたんだけど、皆さん口々に「懇意にしている商会の使用人が荷物の一部をあの場所に持っていくように頼んできた」という話をしてくれた。

 取引の時間にしては遅すぎるのでおかしいとは思ったが、長く取引のある相手だったし、陽が沈んでから入って来た船の積み荷だったのであまり不審に思わなかったのだと言う。

 渡す予定だった荷もそのまま持ってきてしまったというので、こちらでお預かりして内容を調べさせていただくことにした。


「あんたたち、それが何だかわかってんの!?」


 気の好さそうな港の男たちが打ち解けた様子で話してくれているのと対照的に、ずっと不機嫌に黙ったままだったエステルだが、彼らの荷を僕が預かるのを睨みつけながら忌々しげに問いかけた。


「知るわけないだろう。荷主の許可なく勝手に中を検めるようなまね、できるもんか」


「君は中身が何か知ってるのかな?」


 さっきも思わせぶりな事を言っていたが、彼女は一体何を知っているというのだろう?


「言えるわけないでしょ!あいつら悪役令嬢の手先なんだから」


「悪役令嬢?何の話だ?」


 吐き捨てるようなエステルの言葉に、怪訝な表情の男たち。また意味不明な言葉が出てきた。

 悪役令嬢とは何だろう。

 悪役の令嬢?相変わらず芝居か何かを現実を混同しているのだろうか。

 口走っている思わせぶりな言葉も、もしかすると芝居か小説の中の話なのかもしれない。


 ほどなくして聴取の準備ができたと同僚が呼びに来たので、まずは荷を運んでいた三人に会議室に入ってもらった。

 本当は僕が聴取したかったのだが、エステルがどうしても僕についていて欲しいと頑迷に主張する(控えめな表現)ので、仕方なくエサドとカリトンに聴取と記録をお願いすることにした。


 彼らが会議室に移動すると、気まずい沈黙が室内に満ちる。

 報告書をしたためながらエステルをちらりと見やると、ふくれっ面をしながらチラチラとこちらを伺い見ている。

 ああ、これは何か察して欲しいと言うサインなのだろうが……あえて気が付かないふりをした。

 僕だって決して暇ではないし、こらえ性のない彼女の思惑に乗らない事で、焦ってボロを出すのを待った方がいろいろと手っ取り早い。


 さて、彼女は一体何を言い出すつもりなんだろう。

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