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ピンク頭と危険なスイーツ

 いつものような我儘をさく裂させようとしては、慌てて口ごもって媚びるように僕の機嫌を取ってくるエステル。本人は媚びて機嫌を取ってるつもりなのがひしひしと伝わってくるけど、言ってる事は失礼極まりないんだよね。

 やたらと腕に絡みついてきたり、僕の手を両手で握って目を見つめてきたり……むやみやたらとボディタッチしたがるの怖気が走る。昨日の態度が態度だったから、こうやって擦り寄ってこられると余計に気持ち悪い。

 いつも通りに我儘放題言われる方がまだマシな気がする。


「とりあえずバッグを選ぼうか?目星をつけてあるものはあるの?」


 訊けば良いものの心当たりがあるそうだ。

 ……やっぱり僕に買わせるつもりであらかじめ物色していたのね。

 エステル好みの店に連れていかれては、どこがいいのかいまいち理解しがたいなんかキラキラしたガラス玉とか店の紋章の入ったバッグを次から次へと見せられた。

 いずれも僕の趣味からは著しく外れるものばかりで、下手をすると店ごと買い占めかねない勢いでねだられたが「僕ばかりがプレゼントをしてると殿下たちに誤解されそうで申し訳ないから」と一つだけに絞ってもらった。

 僕としてはまったく楽しくないが、エステルとしてはたっぷりサービスしてデートしてくれているつもりでいるようだ。事あるごとに僕に抱きついてきては胸をぐいぐい押し付けてくるので、正直言って鬱陶しい。


「次はどうする?パーティーまであまり日がないし、僕もそうそうお休みがいただけるわけじゃないから今日中にすませておきたいんだけど?」


 またしがみついてきたエステルをやんわりと引き離しながら、そろそろ切り上げたいという内心を隠しながら彼女の希望を訊いてみる。


「うん……でもちょっと疲れちゃったから休憩しない?あたし、いいお店知ってるんだ……っ」


 腕に抱きついてぐいぐいと引っ張っていく。ずいぶんと強引だなぁ……

 ちょっと焦りのようなものも感じるし、何を企んでいるのか気になる。

 まさか連れ込み宿なんかに引き込まれたりしないよね?なんか今日のエステルだとやりかねない気がして怖い。


 幸いなことに、連れていかれたのは裕福な平民向けの小洒落た店が立ち並ぶ通り沿いのカフェだった。

 エステルは迷うことなくテラス席につくとカフェ・クレームとクレーム・ブリュレを頼む。

 クロスのかかってないテラス席で軽食を頼んでしまう事に少し違和感を覚えてしまう僕は無難にペリエだけ頼んだ。

  これならうっかり目を離したすきに何か入れられてもすぐに気付けるだろう。甘いものだと例の蜜を混ぜられる恐れがある。

 念のため、用を足すと偽って席を立ちこっそりと粉末状に砕いた炭を飲んでおく。


 席に戻ってみるとなぜか僕の席にもクレーム・ブリュレが置いてあった。


「あれ?僕頼んでないよね?」


「あたしが頼んであげたのっ!!ここのクレーム・ブリュレは絶品なんだからっ!!」


 ……これ、何か入ってるパターンですよね、わかります。

 どうしよう。あのギラギラした目を見た感じだと、「甘いもの苦手」とか「テラス席でこういうの食べるのはちょっと」とか言っても見逃してくれそうにないよね。

 腹をくくって食べてから、後で吐くしかないか。消化に良さそうなクレーム・ブリュレは胃の滞留時間が約1時間。

 もっとも、盛られた量によっては喉などの粘膜から吸収してすぐ効き始める事もあるらしいけど……

 いちかばちか平らげて、五分くらいしてから席を立とう。


 意を決して一口含んですぐ、いつもの甘ったるい香りが口の中に広がった。

 舌や喉が熱い感じがするので、かなりの量が入っているのは間違いない。


(やっぱり盛られたか……そうまでして僕を言いなりにしたいのか)


 覚悟していたとはいえ、何ともやるせない想いでいっぱいだ。


「どう?超絶おいしいでしょっ!!」


「う~ん……僕にはかなり甘すぎるかな? ちょっと胸焼けしてきた」


 さすがに全部食べるのは危険なので二口ほど食べてあとは残すことにした。


「え~ 食べないの?もったいないっ!!」


「ごめんね、今日腹の調子が悪くって。あ、もったいないからエステルが残りみんな食べる?」


 ここまで甘ったるいものを食べさせられたら誰だって具合が悪くなりそうだけど。



「え……えっと……。具合悪いなら夜のお仕事休んだ方がよくないっ?

 あたしついててあげるから朝までゆっくりしよっ!?」


 ……なんかとんでもない方向に話をそらされたが丁重にお断りした。

 仮にも騎士、すなわち軍人の端くれなのに病気だと言って当番休んでおいて女と一晩一緒とか、あり得なさすぎだろう。

 そういう無神経さが僕の騎士としての矜持を踏みにじっているという事に気付かないのだろうか?

 柄にもなく苛立ちに頭が熱くなりそうな自分に気が付いて、やはり薬が効き始めたと実感する。

 視界がやけに眩しくて頭の芯がしびれてきた。


「なんか好感度上がってる気が全然しない……やっぱアレが足りないのかな……」


 何やらブツブツ言ってるところを見ると、あの『蜜』を更に大量に飲ませようと考えているのかもしれない。勘弁してくれ。

 僕は悟られないように催吐剤を口に含むと「ごめん、ちょっと腹が……」と断って席を立った。

 これ以上効いてくる前に全部吐き出さなければ。


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