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ピンク頭と先生の発明品

 魔術師団長の執務室を出たあと、僕たちは徒歩で学園に帰った。

 来るときは魔法陣を利用して瞬間転移してしまったのだけれども、よほどの緊急時以外は本来使ってはいけないものらしい。

 まぁ、あらかじめ魔力結晶をセットしてあって、術を起動すればすぐ使えるようになっているとはいえ、魔力という資源は有限だからね。


 この世界では、マナと呼ばれる力の元を魔力に変換して魔法を使うのだけど、その際にどうしても瘴気が発生してしまう。いや、正確にはマナを瘴気に変換する際に放出されるエネルギーが魔力として利用されているのだ。

 通常「あの人は魔力が多い」と言われるのは、実はこの「マナを瘴気に変換して魔力を抽出する能力が高い」という事を意味する。さらに言えば人によってマナを瘴気に変換する際の魔力抽出能率は全く違っていて、少量のマナでも充分な魔力を得ることができる人もいれば、大量の魔力を抽出できるが変換効率が悪く、とんでもない量の瘴気を発生させてしまう人もいる。


 小量であれば、瘴気は周囲にいる生物が自然に放出している生命エネルギーと反応して、いつの間にかマナに還元される。しかし、あまりに大量に発生すると、生物が自然に放出するエネルギーだけでは足りなくなって、周囲の人や動植物が急激に生気を吸われて衰弱死してしまったり、瘴気を吸収して他の生物の生命を喰らう「魔獣」と呼ばれる特殊な怪物が発生したりするのだ。

 五十年ほど前にも西の方の国で大規模な魔獣災害が発生し、たくさんの国民がナメクジのような魔獣に喰われて亡くなった上、国土の三分の一が「聖樹」と呼ばれる植物型魔獣に飲み込まれてしまった。その国は未だに政権が安定することなく、復興も遅れていて、周辺の国々にもその影響が色濃く出ている。

 魔法の運用はくれぐれも慎重に行わなければならない。


「わたくし王都を歩くのは久しぶりですわ」


「一応貴族だからねぇ。僕は騎士団の巡回で歩くことも多いけど」


「馬は使わないのか?能率が悪いだろう」


「市民が怖がるから普段の見回りは徒歩だよ」


 そんなとりとめもない話をしながら学園の敷地までそぞろ歩く。


「ところで先生、エステルの件なんですけど……」


「なんだ?さっき団長のところで話し忘れたことがあるのか?」


「今朝ものすごく早い時間から教科書破いたりしてたじゃないですか。たまたまスキエンティア令息が学校に泊まり込んでて、とんでもない早朝から記録球を動かしてたから何とか撮れましたけど、他のところは何も映ってませんでした。

 もっと早い、他の人がいない時間から記録しておかないと充分な証拠が撮れないと思うんです。ただ、僕やパブリカ嬢があまりに早く登校してると警戒されかねないし。

 記録球を時限式で起動できるようになりませんか?」


「なるほど、タイマー式か……それは便利そうだな。早速作ってみるか」


 さすが先生、優秀なだけじゃなくて本当に研究が好きなんだな。

 目を輝かせてさっそく術式を考えている先生はすごく楽しそうだし頼もしい。


「後はポケットに入る程度の小さな録音装置などもあると良いかもしれませんね。私たちが聞いたことを記録しておけるように。

 記録球だとある程度の大きさがあるので、出先で思い立った時にすぐ録画できるわけではありませんし」


「それなら既にあるぞ。帰りに研究室で渡そう。他にも役に立ちそうなものがあったら言ってくれ」


 マジかい。やっぱりパラクセノス師は天才だ。


 魔道具は、あらかじめ術式が記録された魔術回路に魔力結晶を組み込んで、起動キーを設定することで作動する。魔力結晶とは魔獣の死骸や聖樹の地下茎から採れる小さな宝石のようなもので、大量の魔力を含んでいる。これを消費するとマナを瘴気に変換しなくても魔力を使うことが可能だ。


 魔道具は使用するつど魔力を発生させたり制御したりするわけではないので、術式を間違って暴走したり、瘴気が発生する事もなく比較的安全に魔法を使うことができる優れモノ。そのかわり、安定した魔術回路を道具の中に描き込むのが難しく、細かな制御は更に難しいらしい。

 先生のように、きめ細かな機能をつけた上で安全に使用できるように安定した回路をくみ上げるのは至難の業なのだ。


 そして先生は才能に溢れているだけではなく、ちょっとだけ人が好い。

 いちいち生徒のおねだりに応えて何の見返りもなしに快く魔道具を発明したり、貸したりしてくれるんだから。

 むしろ僕たちがどんな魔道具が欲しいかお願いするたびに少し嬉しそうにしていらっしゃる。

 僕たちが悪意のある人間で、先生を騙して危険な魔道具を作らせたり、お借りした道具を悪人に勝手に転売したりするんじゃないかなんて、夢にも思っていないようだ。


 結局、僕たちは先生の研究室であれこれ見せていただいて、超小型の録音装置や一回だけ魔法による攻撃を代わりに受けてくれる魔術が籠められたタイピンを拝借した。これで情報集めもだいぶ楽になると思う。


 魔術師団長とお話した事で、僕たちは自分たちの認識がいかに甘かったかを痛感した。

 明日から意識を改めて情報収集して、エステルの目論見や背後関係をしっかり調査しなければ。

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