ピンク頭と古神の眷属
僕が既に死んでいるという事実を知って、泣きながら遺体をがっくんがっくん揺さぶるアミィ嬢。
せっかく冤罪にかけられる心配もなくなって、これからは自分なりの幸せを探せる立場になったのだから、そんな風に泣いてないで笑っていてほしいのだけれども。
不用意に何か言えば言うほどかえって泣かせてしまう気がして、僕は途方にくれていた。
「あらあらあら、まぁまぁ。そんなに揺さぶったら首がもげてしまいますよ~」
そこにほんわかほわほわ、能天気な声が響いた。
相変わらず、半分腐敗して液状化した顔に似合わぬぽわぽわした能天気な笑顔が、愁嘆場にそぐわないことおびただしい。
絶対に空気読む気がないよな、この人(?)
いやまぁ、もともと呼吸してないから空気の読みようもないのかもしれないけど。
でも、そのおかげですっかり度肝を抜かれた人々は見事なまでに静まり返った。
さすがは旧き神、すごいご利益?である。
ついでにすさまじい臭い……これ何とかならないのかな?
アミィ嬢はいきなり腐乱死体に優しく肩を抱かれたもんだから、顎が外れんばかりの顔で呆然と固まってしまい、僕の遺体を取り落としている。
そりゃまぁ、いきなり間近に見たらびっくりするよね。
そして、どうでもいいけど今ので本当に首がもげた。
そのままころころ転がったところをコニーがひょいっと拾いあげてくれる。
「そんなに泣いたらせっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ。
人生は短い、死に別れたとしても離別の時はほんのひと時です。
あなたがたが穏やかに笑って過ごせる世界でありますように。これがその子の最期の願いでした。
どうか叶えてやっていただけませんか?」
女神が固まったままのアミィ嬢の肩に手を置いて、優しく語り掛けると、彼女は一瞬だけくしゃりと大きく顔を歪めたものの、必死でこらえてこくこく頷いた。
……なにを堪えたのかはあえて聞かない。
どうやらいったん落ち着いたようだ。
「ありがと。このまま誰かに踏まれたらどうしようかと思った」
「意外に元気そうで何よりだ。それにしても、これからどうしたものか……」
彼女が落ち着いたようなので、僕を抱えてくれてるコニーにお礼を言うと、さしもの彼も少し困ったように嘆息した。
いつでも冷静に見えるコニーも途方に暮れることはあるらしい。
「さっきも言ったように、この子はイシュチェルの企みを阻止することを願い、自分の生命と魂を生贄として捧げました。
そして生贄となった死者を守護するものとして、わたくしがこの子を楽園に迎え入れ、その願いを受け取ったのです。
つまり、この子は今はわたくし、すなわちこの世の礎にして生贄の守護者たるイシュタムの眷属です。
ですから、この後はあなたがた人間の手を離れてわたくしの眷属としてこの世界で働いてもらうことになります」
改めてみんなに向き直った女神は穏やかに語り掛ける。
僕はもう生きた人間ではない。普通の死者のように土に帰る事もなく、この女神の眷属として永遠に使われ続けることになる。
わかっていたことではあるけれども、改めて言葉にされると重い。
「……」
「あまり深刻にならないでくださいな。死体だっていいこともいっぱいあるんですよ。
薬や回復魔法が効かないかわりに毒や精神操作魔法も効きませんし、お腹もすきません。睡眠も不要だし、トイレにだって行かなくていいんです!
暑さ寒さもなんのそのですよ!!」
……この場に不似合いな朗らかな笑顔で、大真面目に「死体の良さ」を一つ一つ挙げているのは、これでも僕やみんなを励ましているつもりなのだろうか?
あまりに生きている人間と感覚が違いすぎて、何を言いたいのかさっぱりわからない。
周囲の人も一様に呆然と「ナニ言ってんだコイツ?」って顔で女神を呆然と見ているだけで、納得している様子の人は誰一人としていない。
たぶん脳が理解を拒んでいるんじゃないかな?
これはまずいと思ったのか、ゾンビ女神は目に見えてオロオロしはじめた。
「やっぱり、このままじゃダメですか?」
しょんぼりした様子で上目遣いにみんなを見やる腐乱死体。
よく見るとかなり整った可愛らしい顔立ちをしているのに、全然可愛く見えないあたりがさすがである。ドロドロに腐った顔から大きな瞳が零れ落ちそう(物理)で、見ているだけである意味ドキドキしまくりだ。
「そりゃそうですよ。だいたい、この状態じゃ身動きできませんし」
「俺も四六時中抱えて歩くわけにはいかないし……袋にでも入れて持ち歩くか?いっそ背嚢に入れて背負うとか」
コニーに抱えられたままの僕とまたズレたこと言ってるコニー。さすがに頭だけじゃ僕だって移動もできません。
「……君たち実は思考放棄してるでしょ……」
クロードさんのツッコミはあえて聞こえなかったことにした。
「とりあえず、胴体にくっつければよろしいのでは?」
ゾンビ女神の提案に改めて自分の死体を見る。
右肩から先が爆発で吹っ飛ばされ、脇腹もえぐれて肋骨と胸骨がのぞいている。
ミディアムレアの内臓だってチラ見えしてる状態だ。
正直言って、あの格好でそこらを歩き回るのはご遠慮申し上げたい。
「え~、嫌ですよ。死体のままだと腐るし、臭うし。さっき冷たいって言われたのも地味に傷ついたし。
せっかく鍛えたのになんか動き鈍くなった気がするし。あ、さっきエステルに抱きつかれちゃったのもそのせいか。
なんか筋肉が自分のものじゃないような感覚で、動きがワンテンポ遅れるんですよね。
そのうち女神様みたいに首かしげる度に目が物理的にこぼれ落ちそうになるとか、考えただけで怖いです。頼むから勘弁してくださいよ」
いい機会なので不満点を一息で並べてみたら女神様はついに拗ねてしまった。
「え~、死体すごく便利なのに……」
「嫌です。美味しいものも食べられないし。
見てくださいよ、僕の身体わきから骨と内臓見えちゃってるでしょ?しかもちょっと焦げてるし。
あんな格好で夜に巡回なんかしたら間違いなく通行人がパニック起こしますよ。
あ~あ、礼服までぐっちゃぐちゃ。高かったのに……」
彼女はしばらく途方に暮れた顔でうんうんうなっていたが、何やら名案が思いついたらしく、両手をぽむっ!と打って表情を明るくした。
その拍子に手首がぽろっと落ちそうになったのはきっと気のせいだろう。
どうでもいいけど、このヒト腐乱死体のくせにどうしてこんなに表情豊かなんだ?
「だったら、この子には生きている人間と同じ肉体を与えて、それに入ってもらう事にしたらどうでしょう?」
「ど……どうやって??」
「わたくしは世界そのものですから。人間の魔術では決して作れない『魂の入っていない生きた肉体』だって錬成することなど造作もないのです」
えっへん。
どうやら女神は満面の笑みで胸を張ったらしい。
そして何だか訳が分からないうちに僕の身体が白い光に包まれてどんどん分解されていく。
気が付くと、僕の身体は全て小さな光の粒子となり、空気に溶け込むように消えていき……
しまいには完全に消えてしまった。
ちょ、待って……
一体何がどうなってんの??





