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ピンク頭と液体爆弾

「……いいわ、もう全部リセットしてやる。全部ぜーーーんぶ、最初っからやり直しよ!!」


 そう叫んだエステルが胸元から取り出したのは、小柄な彼女の掌にもすっぽりおさまってしまうような小さな瓶だった。

 可愛らしいデザインの小瓶は何かの液体で満たされていて、内部に仕切りがあるのが見える。

 エステルが乱暴に瓶を振ったことで、その仕切りがぱきりと折れた。内部の液体がゆっくりと混合する。


 それを見て僕は猛烈に嫌な予感がした。

 これだけ自暴自棄になっているエステルが、何もかもやり直すと叫びながら取り出した代物だ。何らかの破壊工作に使われる道具に違いない。


 薬品の中には混合する事で有毒なガスを大量に発生させるものがある。

 わざわざ内部を仕切っているということは、二種の液体を混合する事で何らかの反応を起こして、この場の人々に危害を加える装置の可能性が高い。

 おそらくこの瓶も割る事で二種類の薬品を混合させて有毒ガスを発生させるのではないか。


 だとしたら、密閉された室内で反応させるのは危険だ。

 幸い、このドローイングルームは王宮の中庭に通じるテラスにガラス戸で繋がっている。

 ガラス戸を破ってテラスで反応させれば、たとえ致死性のガスが発生したとしても被害を最小限に抑えることができるはずだ。


 僕はエステルから小瓶を奪うとテラスへと続くガラス戸に向かって走りながら自分の生命力を代償に副腎を活性化させる術を使う。副腎から分泌させる物質には血流を増やして筋肉を増強し、パワーと反応速度を大幅に上げる効果がある。

 しかし術が発動すらせず、疑問に思うも間髪入れずに耳から下の髪と手足の爪を代償にして全身の骨と筋肉を増強した。


 増強した筋肉で一気にガラス戸に向かって飛ぶと、魔術師団長、パラクセノス先生、クロードさんの三人が人々を退避させながら何か術を使い、ほぼ同時にガラス戸が部屋の外に向かって吹っ飛んだ。


 これ幸いと僕は室外に向かって転がり出ながら思い切り瓶を放り投げる。僕の手から離れるか否かくらいのタイミングで、小瓶がすさまじい勢いで爆発した。

 エステルが小瓶を取り出してから五秒あまりの出来事だったと思う。


 なんてことだ。新型の爆弾だったとは。威力はともかく、とんでもない爆速だ。

 もっとも、充分に液体が混合しないうちに爆発したので大した威力にならずに済んだ可能性が高い。完全に混合していたらはるかに大変なことになったのかもしれないと思うとぞっとする。


 受け身もとれずに爆発をもろに喰らった僕は右手の肘上から先を吹き飛ばされ、身体の右半身が焼けただれながらテラスの床にたたきつけられた。

 全く痛みを感じないということは、損傷が激しくて痛覚が麻痺したのだろうか。


 すぐに駆けつけたクロードさんが僕を抱き上げて怪我の状態を確認しようとして……

 すぐに沈痛な面持ちで綺麗な瞳を伏せた。


「君、言い残す事は……?」


 泣き出しそうな顔をしながら柔らかな声で優しく訊ねて下さったが、喉が焼き付いたようで全く声が出ない。

 首を振る事すら出来ず、瞬きだけで「何もない」と伝える。

 彼が悔しそうに唇を噛むと、エステルの金切り声が響き渡った。


「何よなによ何なのよ!? 今のリセットアイテムじゃないの!? ただのしょぼい爆弾ってどういうこと!?」


 オレンジの瞳を怒りで燃やし、クロードさんがくしゃりと顔を歪めながら振り返ると、彼の肩越しに鬼気迫る形相でエステルの襟首をつかむコニーと、泣きそうな表情でこちらに駆け寄るアミィ嬢の姿が見えた。


「貴様何をしたんだっ!?」


「ヴォーレ様!!」


 おかしなことに、瀕死の状態なのに、二人の声がはっきり聞こえるし姿もくっきり見える。

 普通はここまで身体が損傷していれば、ろくに耳も聞こえないし目もかすんでまともに見えない筈なのに。だいたい、あれだけの至近距離で爆発したのだ。鼓膜が破れていないのはおかしい。


 どうやら自分の身体の状態がなぜか把握できなくなっているようだ。

 そう言えば、痛覚が麻痺するほど身体が損傷している割には出血量が少ないな、と返り血を浴びたクロードさんの姿を見ながらぼんやりと思い至った。

 何だか思考がやけにのんびりしている気がする。


 指一本動かせない中、唯一自由になる眼球を巡らすと、エステルの胸元から下がったままの短剣型のペンダントから溢れる虹色の光が徐々に強くなっているのが見えた。


 エステルはコニーに襟首をつかまれたまま、壊れたように笑いながら何事かを叫んでいる。


「全部リセットできるとか言ってたくせに、ただのしょっぼい爆弾とか、超ウケる!! あいつを破滅させるって言ってた短剣も何にも起きないし!!

 あのクソババア、あたしを騙しやがったんだ!このヒロインのあたしを!!

 バチがあたるよ、女神様に選ばれたこのあたしを裏切ったんだから!!」


「何が女神だ! しょぼい爆弾とはなんだ!?」


 コニーが激昂(げきこう)しているが、エステルには届かないようだ。


「コノシェンツァ!! 裏切り者のあんたももう終わりよ!!

 女神様が来てぜんぶぜんぶぜーーーんぶ、なかった事にしてくれるんだから!!あは! あはは!! あはははははは!!!」


 エステルの壊れたような笑いが大きくなるにつれ、虹色の光はどんどん強くなり、あたりをキラキラと照らしていく。


「あはははははははははは!!!!!!」


 やがて、エステルの哄笑が周囲の音を飲み込むと、虹色の光が爆発的に広がって辺りを覆い尽くし……


 光がおさまった後には、なぜかそこは王宮のドローイングルームではなく、あたり一面が虹色の煌めきに彩られた、白っぽく輝くだだっ広い空間になってしまった。

 これは一体どうしたことだろう。


「え……これ一体どういう事……??」


 エステルが戸惑ったようにキョロキョロと周囲を見回しているが……きっとみんなそう思っているよ。

おそらくこの場にいる全ての人の心が一つになったであろうその瞬間。


 唐突に現れたソレは美しい女性の姿をしていた。



※アストロライト爆薬の発明は1960年代なので、本作が想定している1820年代には存在しないのですが、虹色女神が現代日本のサブカルにかぶれているので彼女は知っていたという事で。


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