ピンク頭と断罪開始
それぞれのテーブルの上の菓子もだいぶ数が減り、歓談も一段落ついた頃。
クセルクセス殿下がおもむろに声を張り上げた。
「アハシュロス公爵が長女アマストーレに告ぐ!
これよりお前の今までの悪行を白日のもとに晒してふさわしい罰を与え、不当に虐げられてきたエステルにその美しさと健気さに相応しい地位、すなわち次期王妃の座を与えることとする!
もはや申し開きはできぬものと心得えよ!!」
鼻の穴をふくらませ、実に得意げに言い切ったクセルクセス殿下。どうやら「断罪劇」を始めるつもりらしい。
ピオーネ嬢とともにコニーのお父上のスキエンティア侯や 僕の父と歓談していたアマストーレ嬢は不躾に指をさされて不愉快そうに形の良い眉をひそめた。
「わたくしの悪行、でございますか? 全く身に覚えがございませんが」
唐突にあんまりな暴言を浴びせられたアミィ嬢は全く動じた様子を見せず、ただおっとりと首を傾げただけだ。
一方、長年のコンプレックスの対象であったアミィ嬢を貶め惨めな姿を見たいという、賤しい期待で高揚しきったクセルクス殿下の容貌は、蔑みの籠った笑みで醜く歪んでいる。
「身に覚えがないだと!? それでは貴様の悪行を一つ一つ教えてやるから、己の罪深さを悔いて惨めに這いつくばるがいいっ!!」
「あらまぁ、それはご親切にどうも」
小首を傾げたままにっこりと言うアミィ嬢。全く動じていないように見えるが、よく見るとテーブルの下でピオーネ嬢としっかり手を握り合っている。本当は怖くてたまらないのに、二人で励ましあって懸命にこらえているのかもしれない。
彼女たちが理不尽な暴力に晒されないよう、必ず守って差し上げねば。
「まずエステルを身分の低さゆえ蔑み、学園の生徒にふさわしくないと罵って退学させようとしたっ!!」
「一体何の事でしょう?
クリシュナン男爵令嬢は庶子ではなく正式なクリシュナン男爵夫妻の養子として貴族籍を得ています。よほどの不品行や成績不振がない限り、全ての貴族子女が通うとされる学園にふさわしくないということにはなりませんが?」
「やかましい!!お前のような身分の低い者は王太子に釣り合わないので近寄らないように、と暴言を吐いたそうではないか。
エステルは恐ろしくて学園に来たくないと泣いて訴えていたのだぞ」
「そもそも問題になるような内容ではない上、わたくしが口にした言葉とかけ離れています。
わたくしはクリシュナン男爵令嬢に対して『未婚の貴族令嬢が婚約者のいる男性と過剰なスキンシップをとると誤解を招きかねません』と申しただけです。
クリシュナン男爵令嬢が複数の男性と人目も憚らずに抱き合ったりキスするといった、未婚の令嬢として不適切な行動をとっていらっしゃるため、『自分の婚約者がクリシュナン男爵令嬢と懇意になりすぎている』という女生徒たちから相談を受けておりましたの。
わたくし自身もクリシュナン男爵令嬢が中庭で殿下と激しく接吻をかわしていたり、側近の皆様と腕を組んで闊歩している姿を何度も拝見しておりましたので、一度だけご注意申しました。それが何か問題でも?」
「な……わ、私がいつそんな真似を……」
「まさか秘密のおつもりだったのですか?あまりに人目を憚らないのでむしろ周知させたいものだとばかり」
うん。学園中みんな知ってる。
ここ数日調査のために訊いて回ったけど、たぶん知らない在校生いないんじゃないかな?
……僕やコニーも同類と思われてたみたいで、二人で赤面したのは内緒。
「な……だ、誰にも見られてない筈なのに……」
「それで、何か問題でも?」
「と……当然だ……っ!! 平民の間ではハグとキスは親愛の印、ただの軽い挨拶だっ! そんな下々の風習も知らずに高位貴族の尺度を無理やりこじつけおって……」
「……互いの衣服をはだけて身体をまさぐり合うのが軽い『 挨拶』ですか。
貧民街への奉仕活動にもよく参りますが、そんな風習は初めて耳にしました」
うんうん。
少なくともこの国の平民の間にはそんな破廉恥な風習はない。
殿下は「下々の風習」と言えばどんな無作法も正当化できると思ってないか?
「や、やかましい!! お前の悪行はそれだけではない!!
お前は可憐なエステルに嫉妬してダンス講義に使うドレスを切り裂いただろう!?
お前なら贅沢なドレスを何枚も持っているのだろうが、可哀想なエステルは一着しかないドレスを破かれ卒業記念パーティーに着ていくものがないと泣いていたのだ」
あ、話題を変えてごまかした。
「全く身に覚えがございません。それはいつの事です?」
「十五日前のダンス授業の後だ!! その日は授業前にエステルを階段から突き落とそうとして失敗しただろう!? そしてその腹いせにドレスを切り裂いたのだ!!」
アミィ嬢はいまいちピンとこないらしく、目を瞬いて小首をかしげる様子にエステルが激昂する。
「しらばっくれないでよ! あたしのイベント横取りしたでしょ……っ!? この泥棒猫っ!!」
「イベント? 何の事でしょう??」
「だ~か~ら~っ!!
あたしが階段から突き落とされてぇ、そこにヴィゴーレが駆けつけてお姫様抱っこで助けるはずだったのっ!!
それなのになんでアンタが勝手に落ちるのよっ!?」
……それ、自分で「突き落とされてない」と言ってるようなものだとわかってるんだろうか……
「ああ、あの時の……」
ようやく思い至ったらしいアミィ嬢がいきなり赤面したもんだから殿下が狼狽えながら怒り出した。
「な、なんだお前、いきなり赤面して……っ!? もしやそのヴィゴーレと不貞を働いていたのではあるまいな!?」
「殿下それ無理あります。その時ジェーン・ドゥ子爵令嬢も一緒でしたし、保健室に送り届けた後は先生にお任せして僕は先に戻りましたし」
僕が苦笑しながら否定すると、コノシェンツァが後を引き取った。
「それに、その時アハシュロス公女がクリシュナン男爵令嬢を突き飛ばしていない証拠も、クリシュナン令嬢のドレスを引き裂いない証拠もございます。
今、皆様の前でご覧になりますか?」
「な……なんだと……っ!?そんなものがあるならさっさと出せっ!!」
狼狽えながらも吠える殿下の言葉に、僕たちは顔を見合わせてから頷きあい、証拠となる記録球のコピーを取り出した。





