ピンク頭と宴の開幕
僕たちのすぐ後にコニーもお父上とやって来た。
彼の保護者としてというより、今日は法務大臣としてこの場に立ち会うらしい。
アッファーリとお父上である財務大臣のマッテオ・コンタビリタ侯爵もいらっしゃっていて、錚々たる面々に僕は委縮気味だ。
あちらにいらっしゃるのは陸軍大臣のラハム侯爵ではなかろうか?
主だった大臣を集めているという事は、今日この場でクセルクセス殿下の処遇を決めるのだろう。
……おそらく僕自身も。
部屋の内外に近衛二個小隊が展開していて、ものものしい雰囲気を醸している。襲撃はもちろん、逃亡も許さない構えだが、果たして人外の相手にどこまで通用するだろうか。
コニーと一緒に所在なげにしていると、魔法陣の点検が終わったパラクセノス先生がいらっしゃって最終的な手順を確認した。
そうこうするうちにエステルが赤毛の小柄な男性にエスコートされてドローイングルームに入って来た。
うわ、何あの格好。
夜会用のゴールドのボリュームたっぷりなドレスにギラギラと光るダイヤをこれでもかと身につけてる。足元はこの間買わされた悪趣味なガラス玉たっぷりの安っぽい靴。
今はお昼を過ぎたばかりなんだけど……
あまりのことに唖然としていると、クセルクセス殿下がアミィ嬢をエスコートしてやってきた。アルティストにエスコートされたピオーネ嬢も一緒だ。
昼間の会合なので、男性陣も略礼服だし女性たちはコットンやリネンの爽やかなデイドレス。アクセサリーも控えめで、二人とも少女らしい清楚で上品な装いだ。
夜会用のドレスとごついアクセサリーで完全武装しているのはエステルただ一人。
もっとも、本人はTPOをわきまえない服装で浮いてしまっている自分には気付いていないようで、むしろアミィたちの衣装が自分のものよりも豪華でないことに満足して勝ち誇っているみたい。
彼女をエスコートしてきた男性はマッテオ様と嬉しそうに話をしていて、彼女にはあまり興味がないようだ。
それにしても小柄だけど引き締まってバランスの取れた体躯に隙のない身のこなし、鮮やかな茜色の長い髪を三つ編みにまとめた優美な姿。古風な衣装がとてもお似合いで、流行遅れというよりは典雅な出で立ちに見える。
初めてお目にかかるはずだけど、なんだか妙に既視感があるような、ないような。
あれだけ綺麗な人なら男女問わず一度見たら忘れられない気がするんだけど。
殿下たちが入場すると、ほどなくして国王陛下と王弟マリウス殿下がいらっしゃった。
すぐに跪いて臣下の礼をとろうとすると、陛下は軽く右手を挙げて鷹揚に留められる。
「皆、今日はごくごく内輪の集まりだ。形式ばった挨拶はやめてくれ」
もちろん、だからと言って礼を欠くわけにもいかず、みんな深々と頭を下げて敬意を表すのだが。
……エステル一人を除いては。
国王陛下はかすかに眉を顰めたかと思うと一瞬で表情を元に戻し、穏やかな声でおっしゃった。
「さて、宴の前に、スキエンティアの令息が何か言うべきことがあるそうだな。
今日は無礼講だ。遠慮なく申すが良い」
いよいよ始まったようだ。
コニーが一歩前に出てエステルの前に跪く。
「クリシュナン嬢。私はささいな事で理不尽な怒りにとらわれ、貴女に手を挙げてしまいました。心よりお詫び申し上げます」
その場で深々と頭を垂れる。
高位貴族相手でも滅多なことではここまで丁寧な謝罪は行わない。
確かに女性に暴力をふるったことは決して正当化できることではないだろうが、彼のしたことは下位貴族の庶子のエステル相手にここまでしなければならない程の咎だろうか?
エステルたちを納得させるための芝居と言われてしまえばそれまでだが、僕を侮辱されて怒ってくれた彼が一人でここまでの屈辱を強いられるのは釈然としない。
僕も彼の隣で跪いて黙って頭を垂れた。
「あたし、何も悪くないのにいきなり殴られて、本当に怖かったんですぅ……
今さらこんな頭を下げられても、嘘っぽくって……全っ然心がこもってない言葉だけじゃ信用できません」
エステルは勝ち誇った表情で顎をそらして鼻を鳴らし、声だけはわざとらしく震わせながら被害者アピールをする。
得意の嘘泣きで涙を流して見せているが、勝ち誇った笑みを浮かべたままでは全く説得力がない。
「ほう。それではその方は何を望むんだ?」
陛下が呆れを隠さない声でおっしゃったが、果たしてエステルは気付いているのだろうか?
「そこの偽聖女……ヴィゴーレ・ポテスタースがあたしの大事な癒しの力を盗んだんです。だからちゃんと返してほしくって……
それから、みんなの前でどうやってその力をゲットしたのか、白状して欲しいんですぅ」
嗜虐心に満ちた、ねちゃりと粘ついた声で無茶苦茶な事を言い出すエステル。
隣のコニーが息を飲む音がしたかと思うと、思わぬほうからびりびりとした殺気が漂ってきた。
マッテオ様と楽しそうに談笑していた赤毛の男性が、射抜くような視線でエステルを睨み据えている。殺気だけで人が殺せるなら、エステルの息の根は一瞬で止まっているだろう。
あまりの強い殺意にマリウス殿下のお傍近くにいた近衛が動こうとした瞬間、アッファーリがわざとらしいほど気の抜けた声を上げた。
「エステル、何を言ってるんだ。
君はこの世で二人といない、かけがえのない特別な人だ。
その君がヴィゴーレごときに大切な力を盗られるなんてことがあるわけないだろう。たぶん何かの誤解じゃないか?」
「そんな……アッファーリ、あたしを信じてくれないの?」
「信じてるよ、君がこんな間抜けに力を奪われるようなことなんてないって。
エステルはこの世で一番素晴らしい、特別な存在なんだ。そんなヤツの力なんてなくても最高にキラキラ輝いてるよ」
うさんくさい笑顔で芝居じみた言葉を並べる彼は、どうやら助け舟を出してくれたらしい。おかげで赤毛の男性の殺気もおさまった。
エステルはなおも言い募ろうとしたが、周囲のなんとも言えない空気にようやく気付いたのか、傲然と鼻を鳴らすと跪いたままの僕の額を軽く蹴飛ばして言った。
「ふん、今日はこれで勘弁してあげるわ。そのうちその化けの皮はがしてやるんだから覚悟しなさいよっ」
「……」
「何か言ったらどうなのよ!!」
「娘、王の御前であることを忘れてはおるまいな?お前の辞書には節度や慎みという文字はないのか?」
俯いて黙ったままの僕に業を煮やしたエステルが再び蹴ろうとしたところで、マリウス殿下が鋭い声でたしなめられた。
その重々しい声に気圧されたか、さしものエステルも悔しそうに唇を噛んで押し黙る。
さすがに何でも自分の思い通りになる場ではないと、ようやく気付いたのだろうか。
さて、いよいよこれからが本番だ。
鬼が出るか蛇が出るか、はたまた邪神が出てくるか。
真実は神のみぞ知るというところだろう。





