薄紅湿原.9
目の前に置かれたお茶をぐいと飲むおばさん。
少しは落ち着いたのかこちらに目を向けると頭を下げる。
「ごめんなさいね。ご迷惑お掛けして」
「いえ。それでどうしたんですか?取り乱したりして」
おばさんの不安とはよそにひらひらと桜が舞う。
おばさんは、みんなを見回すと話し始める。
「実はね。私たちこのダンジョンで初めてあったのよ」
ちょっと照れくさそうに話し始める。
探索者として活動するために学校の同級生と共にこの薄紅湿原を選んだものの、魔物に分断されて一人にってしまった時におばさんの旦那さんに助けてもらったという。
「ふ~ん。あの人にもいいとこあったんですね」
「こ、こら柚子。失礼だぞ」
「……いえ。うちの人がごめんなさい。口が悪くて誤解されちゃうんですよ」
少しは笑顔か戻ったみたいなのはいいけど慌ててたよね。
「それでおばさんはこの黒野になにを望みますか?」
「は?」
「あ、すみません。こいつ馬鹿なんで。
でも、そのおじさんらしき人はどうしたんです?」
咲ちゃんが尋ねる。
「実はちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまって探していたら、目撃した人が湿原の方へ行ったって」
「それは大変じゃないですか!夜のダンジョンは危険なんですよ!」
立花さんは立ち上がりおばさんを促す。
夜は魔物が凶暴化するというからそのことかな。
「助けに行こう」
「はぁ。お兄ちゃんなら言うと思ったけど~」
柚子が仕方なさそうに肩を竦める。
「咲ちゃんは危険だからここにいて」
「なによ~。私も行くよ~足手まとい扱いすんなよ~」
ぽかぽかと僕の肩を叩く。仕草が可愛い。
いや、そうじゃなくて。咲ちゃんは戦力になるけど急ぐから、視えない咲ちゃんを急かすと転ぶ心配がある。
でもどうだろうか。説明しても傷つけたりしないか。
迷ってると咲ちゃんが僕の頬をつんとつつく。
「え?」
「私も探索部ですよ?足手まといにならないようにします」
「……分かったよ」
まあ、言っても聞かないだろうな。
そして、黒野は立ち上がると言った。
まるでそれが当たり前のように。
「頑張って下さい。応援してますよ!」
「あんたも来るのよ」
柚子に連れられて行ってしまう。
僕たちは顔を見合わせると苦笑すると咲ちゃんの手を引く。
「行こう」
「はい。來末ちゃん、おばさん行きましょ」
「案内は任せて」
立花さんは先頭に立って歩き出すとおばさんもそれに続く。
「ホントにすみませんね。うちの主人のために」
「もう、いいですって。そう何度も謝らないで下さい」
「そうですよ。ただしまた勇気先輩を馬鹿にしたらひっぱたきますよ」
「ええ。それはもう反省させてやって」
おばさんも少し元気が出たのかほほほと笑う。
そして、葉月玲子と名乗った。
そして僕たちも自己紹介をする。
途中魔物が現れるも黒野が盾で防ぎつつ攻撃を食らう。
「ふべっ!?」
ダメージを負うものの黒野のM男のスキルのおかげで防御力がアップして盾としての役割を果たし始める。
なんか、スロースターターみたいだな。
「新しい魔法行きまーす!風の弾丸!」
迸る風の玉がいくつも飛んで魔物を貫く。
鳥の魔物。昼間戦った奴とは違うか。
「あれは、トリスタンの部下よ!」
立花さんは薙刀を構え振り下ろし仕留める。凄い勇ましい。
「わぉ!來末ちゃんかっこいい!」
黒野の目がハートになってる。しかも馴れ馴れしいけど気にしてないから別にいいのだろう。
「確かに強いね」
「いやいや、里中くん凄い楽勝で倒してるでしょ?見てて分かるよ」
「まぁ……はは」
僕は笑って誤魔化す。目立ちたくないからね。
「ま、いいけど。てか來末でいいよ?同学年だし」
「そ、そう?じゃあ僕も勇気でいいよ……いてっ!」
何故か咲ちゃんにつねられた。なにかした?
ちょっと頬を膨らませてる。可愛いけどそれは今はいいとして。
「私のことも咲でいいてすよ~?
ちゃん付けってなんか子供扱いされてる~」
「え、ああ。そうなの」
呼び捨ての方が失礼だと思ったけど、リア充の考えは違うのかな。
取りあえず早くあの態度の悪いおじさんを探さないとね。
薄紅湿原の夜は冷えるけど、小走りな僕たちにはちょうどいい涼しさとなっていた。
「うひぃ~!助けてくれ~!」
どこかから聞こえたこの情けない声はもしかして?
つづく




