薄紅湿原.8
ちょっと声が大きかったので(主に立花さん)低めに会話する。
小西さんが銃を抜いて構えたのでみんなでぺこぺこ謝ったら「…赤べこみてぇだな」と冗談なのか本気なのか分からないけど、真顔で言われた。
小西さんは怖いけど料理は美味しかった。
オムライスもナポリタンも昔ながらの感じで、黒野は食後にクリームソーダーを頼んでいた。
「柚子、パフェをこの時間に食べたら太るぞ」
「太りません~。カロリーは汗と一緒に流れます
ー」
そんな訳ないだろうと呆れる僕たちを見て立花さんはくすくす笑う。
「仲の良い兄妹だね~」
「えへへ。それほどでもかな。ね、お兄ちゃん?」
インテリ眼鏡をチャッとやりこちらをにやにや眺める。
「知らないよ。柚子もそろそろお兄ちゃん離れしないとな」
「下がるわ~。なんでそんなこと言う~?」
「柚子ちゃんはそろそろ黒野の魅力に気づいてもいいよ?」
むくれる柚子に近寄る黒野を、立花さんはキョトンと、眺めている。
「ふ~ん?黒野は柚子ちゃんのことが好きなんだ?」
「ふふん。僕は女子が好きなんですよ」
「「「黒野サイテー」」」
「え?男のロマンですよねお義兄さん」
「僕に同意を求めないでくれる」
「そうだよ、黒野。勇気先輩はあなたと違って女好きじゃないんだからね」
「そうだよ。お兄ちゃん真面目なんだからね」
女性陣の言葉にシュンとする黒野だけど同情の余地はない。
こうなるのは分かってて何故そう言う言葉を発するのか。
まあ、黒野の自由だけどね。
ちなみに女性は人並みに好きです。
「あ、マスター。コーヒーをお願いします」
僕が頼むと指で銃の形を作りこちらにバキュンと撃つ真似をする。
「撃ち抜くぜ」
「…………」
なに今の?ま、まあいろんな人がいるか。
まあ、ちゃんとコーヒーを持って来てくれたからいいか。
「マスター、愛想良く」
「うるせーな。愛想なんてダンジョンに置き忘れたぜ」
立花さんはマスターと軽口を叩き合う。
「あの、マスターってどういう人なの?」
相川が食べ終わり口を開く。もしかして小西さんに興味を持った?
「あー。昔馴染みって感じかな。
うちの父と冒険者をしていたからね」
「そうなんだね。あの無愛想はダンジョン探索の末に生まれたのか~」
「いや、それは関係なく昔っからだから」
相川の意味不明の言葉にもちゃんと反応してくれる。
学校でも人気がありそうだな立花さん。
食後も終わり宿屋への帰り道。冒険者たちの喧騒もまだ冷めやらぬ時。
近くの酒場兼宿屋のとこで騒ぎがあった。
「あの!お願いします!主人を探しに行ってもらえませんか!?」
この声は。どこかで聴き覚えのあるな。
そちらの方へ目をやると、おばさんが食事をしている冒険者たちに声をかけている。
「なにかありました?」
きょとんと咲ちゃんが僕の腕に掴まりながら尋ねる。
「うん。なんだろう」
近寄ってみるとおばさんは、薄紅湿原行きのバスでスマホを忘れたおじさんの連れだ。
あの時の苦々しいと言うか悲しい気持ちが思い出される。
おばさんは邪険に扱われようと冒険者たちに声をかけている。
まあ、探索の後の一時。お酒も入ってるみたいだし。
夜のダンジョンは魔物の性質も変わる。
よっぽどの命知らずか、相川のような魔物図鑑収集家でもなければ入らないだろう。
「お兄ちゃんあの人……」
「そうだね」
「あの態度の悪いおじさんの奥さんです?」
続いて複雑そうな咲ちゃん。
「宿屋に帰って七ならべでもしましょう」
黒野もあのおじさんのことを思い出して憤慨している。
「……なにかあったんですか?」
立花さんだけは、なにも知らないので首を傾げつつもおばさんに声をかけている。
やっぱりリア充は行動が早いな。
僕も後に続くと「勇気先輩、お人好し」と僕の腕に掴まりながら言う。
でも、その表情はどこか嬉しそうだ。
まあ、態度が悪いのはおじさんであっておばさんではないからね。
みんなも呆れながらも後に続く。
でもそういうみんなもお人好しなのではと思う。
まあ、困ってるのにほっとく訳にも行かないか。
つづく




