薄紅湿原.6
「そろそろ行こうか」
少し休憩した後に湿原狼たちの子供が寝てしまったので、さよならして先へ行くことにした。
「クゥン」
尻尾を振る湿原狼。
「よしよし。またね」
湿原狼はついてこようとしたけど、もし子供の身になにかあっては困るのでここでお別れした。
「ふふ。お兄ちゃん動物に懐かれやすいね」
「いや、魔物だけどね」
咲ちゃんをエスコートしながら先へ進むとリザードマンや薄紅大ヤモリを倒しつつ先へ進む。
それにしてもエンカウント率高いな。
スマホで調べた限り狩り場として人気なのも納得がいく。
少しづつ日は長くなったとは言え夕闇に空が染まり始める。
横に並ぶ咲ちゃんの横顔が映えてつい見惚れてしまう。
いや、よく考えたら呪われているとはいえ、咲ちゃんのような美少女がなんで僕の隣を歩いているんだろうと。
今更ながらに現実なのかと思ってしまう。
「はあ~、綺麗だよお兄ちゃん!」
柚子がはしゃぐ。
「うん、そうだね」
「自然の匂いも素敵ですね~」
「確かにね。地元じゃ中々ね」
咲ちゃんも楽しんでるようだ。
「柚子ちゃんの方が、咲ちゃんの方が素敵だよ」
「「黒野キモい~」」
「はは……」
女子の声がハモって項垂れる黒野はしかし、すぐに立ち直るのでメンタルお化けだ。
風が吹いてざわめく草の揺れる音。
咲ちゃんが立ち止まり耳を澄ます。いや、澄ましてるように見えた。
「?どしたの?」
「……音が」
「いろんな虫とか魔獣とか、風が揺れて葉の擦れる音とか」
「うん」
「それがいい音色で聴いていて楽しいです」
「そっか」
このままこうしていたい気持ちもあるけど。
ここは安全地帯ではないから。
黄昏時に変わる時間帯。僕はふと、黄昏ダンジョンを思い出した。
しばらくいくとひらひらと桜が舞い始めた。
季節外れの桜。夜桜は静かに舞い咲ちゃんの頭にお邪魔しているので取って上げる。
「わっ!なんです?」
「あ、ごめん。桜の花びらがついていたから」
「なんだ~。頭にポンポン攻撃で私をメロメロにさせるつもりかと思いました!」
「ぼ、僕はそんなにチャラついてないよ」
「お義兄さん。咲ちゃんはガードが固いですよ。
僕のラブラブアタックが通用しませんからね」
ら……ラブラブアタックなんて今時使う人いるのかな?
なぜか桜並木みたいなとこを歩いていると他の冒険者たちもちらほら。
この辺りは宿泊施設があり、冒険者や旅行者が利用している。
レストランもあるらしく食事をしている人や、外でバカ騒ぎしている学生らしき人たちもいる。
さっきの徳井たちはいないのか見当たらない。
それなら揉めないで良かったけどね。
「やっと休める~!」
「私、お腹空きましたよ~」
柚子と咲ちゃんは楽しそうだ。
予約してあるので宿屋へと向かう。
僕が宿屋に入ると一瞬ざわつくけど気にせずカウンターへ。
「あ、ようこそいらっしゃいました。お泊まりですか?」
同じ十代の女性が完璧な営業スマイルで対応してくれる。これはありがたい。
接客スキルが未熟だと僕を見て負の感情が滲み出ているから。
「ご予約はしておりますか?」
「は「はい、お嬢さん。黒野です」
黒野が宿屋の店員が美少女としるやいなやカッコつけて声をかける。
「は、はぁ。黒野様ですね?えと、名前がありませんけど?」
宿帳を調べるも黒野の名前などあるはずもない。
僕の名前で予約してあるので。はぁと、ため息つくと咲ちゃんが黒野の首根っこを引っ張る。
「ややこしくなるから黙っててくれる?幼馴染みとして恥ずかしいよ~」
「待つんだ咲ちゃん。あの可愛らしい女子に僕が取られるのが怖いのだろうけどあの子の心の宿帳に僕の名を刻みつけてもらうんだい!」
「はいはい。恥は晒さないでね」
柚子がバトンタッチしてロビーへ連れていく。
それを見てくすくすと笑っている宿屋の店員。とても可愛らしい子だ。
「あ、すみません。でも、仲の良いパーティーですね」
静かに微笑むその子の微笑みは疲れた冒険者や探索者を癒すのだろう。
「はぁ。まあ、おかしなパーティーではあるけど楽しくはあるよ」
「そうですか。それは良かったです!」
そして、宿帳をチェックしてもらい部屋の鍵を渡される。
二階の奥の部屋の二部屋。みんなでぞろぞろと移動する。
「おい。聞いたかな?」
「相川?なにかあったの?」
「ロビーにいた冒険者たちの話しだとここは幽霊が、出るらしいよ」
「そ、それは怖いよ。止めてください相川先輩」
柚子がにやにや話す相川をジト目で睨む。
「お化けか~。ま、私には関係ないか~」
見えないからとは聞きづらいけど僕もそれに乗っかる。
「幽霊より僕の方が怖いよ」
「確かに」
「おい!」
相川に無意識にツッコミを入れると黒野がへらへら笑っている。
「バッドステータスをのりこえた証しですね~」
黒野に言われると何故かムカつくのは黒野のキャラなのだろうか。
部屋は畳のある部屋と洋風アレンジの部屋。
小型のテレビもついている。
「私たち、洋風の方でいいよね~?」
「それは構わないけど咲ちゃんは?」
「あ、はい。私も構いませんよ」
「僕も洋風の方で構わないですよ」
「あなたは違うでしょ~」
「あ、バレた?」
「黒野先輩のスケベー」
咲ちゃんに瞬時に突っ込まれてもめげない黒野だった。
つづく




