薄紅湿原.2
若葉の薫る季節。植物が元気で心なしか街の人たちも明るい。
「着いた~!お兄ちゃん、空気が美味しいね!」
「うん、そうだね」
嬉しそうな柚子に答える。
僕たちは、GWを利用して自然の多い場所へと来ていた。
薄紅湿地帯と呼ばれる場所に。
どうしてここへ来たかと言うと、相川に頼まれたからである。
いつも、休日を利用してはダンジョンのある場所に探索に出掛けると言う。
魔物図鑑をコンプリートするのが夢だという。
「う~ん。街から離れるのも時にはいいですね、先輩」
自然に僕に腕を掴み咲ちゃんは言う。
空気がまず違う。澄んでいる。
「そうだね。自然も広がってるし」
遠くに山々が見える。あの向こうは雪国だろう。
小さい頃に里帰りをしたことが何度かある。
最近は、帰ってないけどみんな元気かな。
「ささ、みんな行くよ」
相川を先頭にバス停へ。旅行者や冒険者らしき格好をしてる人もいる。
「それで相川先輩は僕たちをどこへ誘うのですか?」
「黒野、聞いてなかったの?」
「柚子は分かるのか?」
「んん?私はお兄ちゃんと出掛けられるならばそれでいいのです」
「なんでそんなに得意気なんだ?」
「まあ、まあ。自然を堪能しましょ?」
「あはは。和気あいあいとしてるね~。
うちの部活とは大違いだ」
相川は楽しそうに笑う。ダンジョン部は確かにピリピリしてる。
明るい雰囲気もあるのだが、瀬田がいる時はそうだったな。
あいつ、強いから。偉そうだし。
「今もそうなのか?」
「そだね~。でも少しは大人しくなったかな」
「瀬田先輩をお兄ちゃんがこてんぱんにしたからですか?」
「ふふ。そうだね。でも、それでも瀬田は里中以外ではダンジョン部で強いからね」
やりたい放題なのだろうか。壬生先輩が受験とかで忙しくなるから。
「瀬田先輩のことはまあ、いいですよ~。
楽しい話題にしましょ?」
咲ちゃんは僕の服の袖を引っ張って催促する。
やっぱり咲ちゃんが近くにいると慣れない。ドキッとしてしまう。
やはりリア充じゃないと近いのは慣れないのか。
バスに乗って揺られながら山の方へ向かう。
老人もいたので僕と黒野は立ったままだ。
「お義兄さん、お義兄さん」
「なんだ、黒野?トイレなら我慢しなよ」
「違いますよ、お兄さん。いいですか?
これは混合デートですよ?」
「なんだそれは?そんな言葉知らないけど」
Wデートならよく聞くけど。にひひ、と黒野は続ける。
「このダンジョン探索で僕がしっかり女子を守ってみんなから好かれまくるのです」
「……お前、クズだな」
「なにを綺麗事を。見てください、お義兄さん」
言われて咲ちゃん、柚子、そして相川を見る。
「底辺の我々には手の届かないリア充の女子たちですよ?」
自分が底辺なのは分かっているけど、こいつに言われるのは何故かムカつくんだけど。
「ん~?ちょっと黒野。あなたとお兄ちゃんを一緒にしないでくれる?」
柚子が間近で頬を膨らますので黒野はキョドッてる。
まあ、柚子もクラスで人気者だろうからリア充なのか。
「柚子ちゃん、近い。近い」
「エロい目で見るな~」
それにしても。ここに来る間も。バス停で並んでる時も僕はよくも悪くも注目されたり同情されたりとしてきたけど、みんな気にしないで接してくれてる。
それがなによりも嬉しい。
「?勇気先輩、楽しんでます?」
「うん、まあね。咲ちゃんは?」
「そりゃあ、先輩と一緒なら楽しいですよ」
「そ、そう」
恥ずかしげもなくよく言うから、からかっているのかと思ったら、黒野曰く咲ちゃんは思ってることを素直に口にするそうだ。
言いたいことを言うって中々、難しいかもね。
遠慮して言えないこともあるしね。
「次、降りるよ」
相川がバス内につけられているブザーを押す。
何気無く押すこのブザーの名前ってなんだろう?
まあ、後で調べれば言いか。
大半の客がここで降りるらしく、順番待ちをしてると座席にスマホが置き忘れられているので、それを拾い声をかける。
「あの~、スマホ誰のですか?」
スマホを掲げて呼び掛けると周りに注目され、すぐに顔を背ける者がほとんど。
呪われてる僕を見ればそうなるだろう。
「べ~!」
柚子。あかんべーはしなくていいから。
乗ってる人の落とし物ではないのかなと思って外へ出て見ると、なにやらキョロキョロとなにかを探しているおじさんとおばさんがいた。
「あの~、すみません」
僕の見た目で驚かせないように近すぎずに話しかけるとおじさんとおばさんが顔を上げてぎょっとする。だよね~。
「これ、あなたのですか?」
僕がスマホを差し出すとおじさんは、バッと僕の手からスマホを奪う。
「俺のスマホを盗んでなにをしようとしてる!?」
「ち、ちょっとあなた!」
「あ、あの……」
「ふん。行くぞ、お前」
怒りながら湿地帯の方へと歩いていく。
おばさんがこちらにすまなそうに頭をぺこぺこ下げて行く。
「なに、あいつ!私、文句言ってやる!」
柚子が『力変換』でその辺の大岩を持ち上げたので、周りの冒険者たちがぎょっとしている。
「落ち着いて柚子。僕は大丈夫だから」
どうどうとなだめる。こんなのは慣れっこだから。
咲ちゃんはなにも言わないで僕と手を繋いでぎゅっと力を込める。
「大丈夫だから、ね?」
「……はい。先輩はもっと怒っていいと思います」
ムスッとしている。それでも美人は可愛いんだなと思う。
「ちょっと、ちょっと!僕の咲と手を繋がないの!」
「黒野、うるさい。呼び捨てにしないで」
見事なまでの棒読みだ。きっと何度も言われているのだろう。
「さっ!気持ち切り換えて行こう」
相川が手を叩いて注目を集める。
「相川様。この黒野、あなたの盾となりましょう」
「よーし!行け、黒野!」
「はは~!」
黒野は盾を構えつつ湿地帯へと進む。
薄紅湿原は、野外ダンジョンで周りの景観とは裏腹に魔物が出る。
探索用の板が下に敷いてあるものの、戦闘になったら動きづらい。
果たしてこのダンジョンで相川の満足する魔物が見つかるのだろうか。
つづく




